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前世物語 2

2010年02月28日

前世療法といえばエドガー・ケイシーですね。そんなデカイことは私は語れませんし、過去世からのカルマがどうとか来世はどんなとかいうのも、まったくわかりません。

そんな私ですが、主人と結婚が決まってから、こんな記憶を思い出しました。

時代は古代の中国でしょうか。戦乱で両親を失った私は、やさしい旅芸人のおじさんに他の孤児たちと共に拾われ、あちこち旅しては兄弟たちが増えていました。

私はおじさん、いえ、お義父さんと男の兄弟たちが芸をしている傍で歌をうたっていました。歴史にまつわる歌が多かったような気がします。もちろん、お義父さんが教えてくれた歌です。

ある街でいつものようにお義父さんや兄弟たちの傍で歌をうたっていると、キレイな服を着たおばさんが私をじっとみていました。私を指さして誰かと話していました。

おばさんはその街のお役人様のお母様で、たまたま通りかかった街の市場前で旅芸人の一座をみつけ、何故か歌っている私の声を気に入ってくださったらしく、その後お義父さんをわざわざたずねてこられました。

私をお役人様である息子の嫁にほしいとのことでした。

お義父さんはあまりに身分が違うからと固辞しましたが、何度も通うお役人のお母様の根気に折れ、私はお役人様のところに嫁ぐことになりました。12.3歳だったと思います。

お母様は役人の妻としての教育を私に厳しく施しながらもとてもあたたかく、お役人様の旦那様も少しお年を召しておられるものの(当時三十代後半くらい?)とてもやさしい方で、私は幸せでした。

その時のお役人が今の主人で、お母様は、いまのお姑さんです。お義母さん、あのときはありがとうございました!!

ちなみにその時のお義父さんは、いま仙台にいます。ご本人は知りませんが。(笑)

もう一つの記憶は、古代のギリシャです。それも主人つながりです。

前世って面白いですね。人間のドラマのすごさ、つながりの深さを感じますね。
  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 18:59Comments(2)スピリチュアル

マッサージから観る反省と感謝の必要性

2010年02月28日

えー、いまから書くことは、ある種企業秘密かもしれません。

マッサージをしていると、そのお客様のもっている傾向性そのものが疲れや邪気を引き寄せてしまっていることがあります。

これを私のいた職場では“引っ張る”と称していました。自分がマイナス因子を引きよせているんですね。

私の中では疲れは次の三つに分類しています。

①肉体疲労・体の冷え

②精神的傾向性・マイナスの念いからくる心因性の不調(精神的な冷え)

③霊的原因、生き念による障り、もしくは霊障(霊的な冷え)

肉体疲労は、睡眠不足、運動不足による新陳代謝の低下、栄養の偏り、ですね。これは、ご本人の自覚とすこしの工夫ですぐによくなります。

精神的傾向性は、ずばりその方のマイナスの部分が引き寄せている、もしくは再生産している疲れですね。これは、ご本人が問題を正しく見つめて直さないかぎり、たとえ一時期はよくなっても、かならずくりかえします。もしくは、家族の弱い方にいずれ似た傾向の病気や不調がでてきます。

どうしてか?実は、思い(念い)は伝染するんですよ。イライラしてると隣の人までイライラするし、明るい人の近くにいると、こちらまで居心地よいですよね。これは、思いの伝染なんですね。

だから、ご家族がつかれている時はなるべく笑顔と明るい言葉をかけてあげてください。それが、外でうけてきたマイナスの思いの伝染をこちらのプラスの思いで浄化してあげられますから。

これ、冗談ぬきでマジです。

霊的原因は、明らかにオバケや目に見えない存在が関与している場合ですね。

しかし、実は霊的な原因も、肉体疲労やマイナスの精神的傾向性にくっついている場合がほとんどです。

肉体疲労は、睡眠不足でガードが甘くなっている時や滞りのあるツボに入り込んでいる場合がありますね。これは、冷えと同じで体をよくあたためて運動するとすぐにとれます。

精神的傾向性にくっついてる場合はすこし厄介ですが、それでも自分でとれないことはありません。

自分の中の過去へのいいわけやこだわり、うぬぼれ、責任転嫁、怒りっぽい性格などを反省して正したら、オバケは居心地悪くなって逃げていきます。周りへの感謝も、オバケが嫌うものですね。

これは、とても重要なことです。いろいろな宗教が教える「感謝の必要性」「反省の必要性」は、実はこれが最大の防御でもあるからなのです。

逆にいえば、これを忘れている現代人はどれだけ防御が甘く、ヤラれ放題になっているかということですね。

オバケがいつまでもくっついているのは、よほど縁の強いオバケ(先祖や自分の前世にかかわりのあるモノ)か、自分自身の人生の問題に反省がない・もしくは周りの非ばかりを見ていて周りに感謝ができていない場合が多いです。

体の不調も、実は不調な部分がそのまま心の問題点を表しています。

たとえば頭痛は受け入れたくない現実にたいする拒否、背中や胸元の吹き出物は言うに言えない思い(不安)がたまっている状態、腰痛はプレッシャーに苛まれてる思いですね。

またお客様をさせていただいていてお客様の疲れをうけてしまう時は、実は施術者にお客様と同じ傾向性がある場合が多いです。これは施術者として反省しなければならない部分ですね。

しかし面白いのは、施術者が乗り越えた課題にいままさに苦しんでいることが原因の不調のお客様のつかれは、すごくよくとれます。

心の性質、念いの性質によって、これほどまでに影響があるのかと思うと、私自身も、お客様をさせていただく者として日々気をつけなければならない思いです。


  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:03Comments(4)仕事

中村安太郎『祖国への道』を読む

2010年02月28日

この本を見たとき、絶句しましたよ。何にって?本のぶ厚さにです。

とにかくデカイ!厚い!でも、いざ読み始めたら一気でした。

奄美の日本復帰運動にこれほど尽くした方が、なぜ歴史にでてこないのか?共産党員だからか?思想がなんですか。瀬長亀次郎はどうなんですか。私は泣きながらこの本を読みました。

「たまきわる いのちかたむけきたる道 いのちつくして ひたいかむのみ」あまりにかっこよすぎて、はじめて読んだ中三のときにおぼえました。崎田実芳著『わが青春は炎の中に』も併せて読むと面白さとわかりやすさ、感情移入倍増です!!

この本は奄美の方なら一度は読んで損はないのではないでしょうか?

ちなみに、金久中の図書室あるこの本と奄美独立革命論は私が中三のときに頼んでいれてもらいました(笑)金久中在校生は読むべし!!!


  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:00Comments(0)オススメ本

北芝健さんに惚れた・・・・・

2010年02月28日

北芝さん、大好きなんですよ。この方の本「警察裏物語」を読んでから、すごく公安警察が好きになりました。

日本共産党緒方国際部長宅盗聴事件では思いっきりヘマやらかしましたが、それもまぁご愛嬌ではないでしょうか。故・宮本顕治議長宅盗聴事件は別の某宗教団体関係者でしたかね。あれはあれでまた面白いんですけどね。そのあとまた組織がらみでドコモの情報盗んでつかま(以下略)

しかし、警察のみなさんのご苦労は並大抵ではないなと思います。

容疑者の張り込み中、眠らないように自分の腕にボールペン刺して気が付いたら手が血だらけになっていたとか、情報提供者には自腹でご飯おごるとか、やくざな容疑者と格闘になってあざだらけになったり(でもほとんど一方的にねじふせている。強すぎ!!!)、丸腰でやくざを制圧しなければならず、拳銃で撃たれて生死の境をさまよったり・・・・・

いまさらながら、お巡りさんに感謝です!!!!

私たちの普段の平和な暮らしは、こんなお巡りさんの地道な活動によって守られてるんですね。いままで違法駐車で二回捕まりましたが、これからは気をつけます!!!!!

北芝さん、奄美に遊びにいらしてください!!!マッサージしますから!!!(笑)
  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:58Comments(0)オススメ本

Y先輩の話

2010年02月28日

ネタがないので、霊的感性のつよいY先輩の話でもしましょうかね。

Y先輩は前世が見えます。ある日、私が瞑想で観た自分の前世の話しようとしたら

「ああ、そのときアマちゃんはこういうところにいたんだよね。仕えてた宗教家(いまの主人)は片足が悪くてひきずってたんだよね」

と説明してないところまで先に言われてビックリしました。

Y先輩はフツーにオバケが見えるらしいんですが、ある日、旦那さんの友人男性に、水子が憑いているのが見えたそうです。

男性に水子が憑くのはめずらしいそうなんですが、旦那さんに言うと、やはり女性関係に素行のよくない方だったそうです。

まぁ、水子が憑くっていっても、水子自体はそう悪さできるものではないようですが、あとが怖いですよね。特に、自分が家庭もって子育てする以降がですね。

その男性友人にはなるべく関わらないようにと、先輩は旦那さんにくぎをさしたそうです。

また、歩いていると普通にオバケやオバケが憑いてる人をみかけるそう。

「ヤクザとかケンカごしで目つきのよくない人には、大体肩に小オニがのってる」

とはY先輩の談。たぶんその小オニが耳元にいろいろささやいて、一方的な怒りや疑念を増幅させるんですね。

Y先輩はウチに遊びにいらした時には、ウチのベランダの裏山に大きな山神さまのお顔をみたそうです。山いっぱいに、白髪に白髭の初老の男性のお姿がおわしたのだとか。

山いっぱいって・・・山神さま、大きくみせすぎー
(´Д`*)ハァハァ

奄美の神様は、様々な形でつねに見守ってくださってるんですね。ありがたいことです。

道を外れず、素直な気持ちでいたいと思います。

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:55Comments(0)スピリチュアル

ヒトラーと悪魔と三人の賢者

2010年02月27日

聞いた話なんです。私自身はその事について詳しく裏打ちをとる力もございませんので、まぁ、ちょっとした話題の一つということで。

ヒトラーといえば黒魔術と暗黒思想をつかって神を超えようとした、歴史上希に見るトンデモな人ですが、当時、そのヒ○ラー(名前だすのがイヤになってきた)がトンデモな悪魔(ルシ○○ー)にすでに霊的に操られていたということを、当時見抜いていた方が三人いたそうですよ。

ひとりは、20世紀最大の白魔術師といわれたシュタイナー。この方は思想家ニー○ェにも悪魔が入っていたことを見抜いていそうですが、その思想を実践するヒ○ラーがでてきて、ヒ○ラーの思想的過ちと悪魔の影をあちこちで発表したそうです。そのせいで何度もSSに狙われ、危ない思いもなさったらしい。

もう一人は当時のイギリスの宰相・・・・・名前がでてこない。あれ?さっきまでおぼえてたのになぁ・・・・・。あ、チャーチルでした。・・・・・・ですよね?

チャーチルもなかなか霊能力をお持ちだったらしく、お抱えの白魔術師団をつかってヒ○ラーに作戦への自信を揺さぶる念攻撃をしかけたり、情報部に透視のエキスパートを配置して、なんとナチスの作戦会議を透視させてたりしたのだとか。

最終的には悪魔同士でツブシ合わせようとスター○ンとヒ○ラーをぶつけたところに、この方のすごさがあるそうです。

もう一人は、これにはシビレましたね。あのユングです。ユングは心理学を築いた方ですが、かなりの霊能力をお持ちでもありました。(霊的に開眼してる人ならわかると思うが、ユング理論はどうみても半分霊的世界からみて心理学を体系化してる・・・らしい)

そのユングがカウンセリングをしていて、ドイツ人の患者が共通の精神疾患(霊障)におかされていることを知ったそうです。その正体が何であるのかも。

「ゲルマンの森に宿る古代の魂が、キリストに復讐しようとしている」と当時の論文で書いているそうです。




なんか、こうして見るとかなり歴史って面白いなーと思いません?私はこーゆー話が好きです。

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 17:05Comments(0)スピリチュアル

つぶやき

2010年02月27日

奄美には花がない、と旅行者がよく残念がるという。

南国にきたのに、イメージと違う、と残念がるという。

たしかに、奄美は他の土地より殺風景な場所が多い。

それだけにときどき集落でお花を植えてるところを通ると、とてもあったかい感じがする。

奄美はもっと花があってもいいと、あるホームセンターの社長さんはいったそうだ。(そのホームセンターの花売り場のおかげで、奄美の田舎に花がたくさん増えた) 

その社長さんは、「奄美の公共の景観につかうものであれば、ハイビスカスの植木はタダで譲ってくださる」らしい。

奄美は桜はたくさん植えられているが、桃や梅や、他の花木はまだまだすくない。

私になにかできないだろうかと、考えはじめている。

どなたかいいアイディアありましたらください!
(。・ω・。)ノ

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 09:02Comments(0)奄美

「こんな何も無い島に?????」

2010年02月27日

IT企業塾である女性のお話をきいて、あらたにした思いがありました。

その方はIターンの方でしたが(かなりの美人です)、島の人間からいまだに

「こんな何も無い島にきて・・・・」と言われるのが残念ですとおっしゃられていました。

私もよく言われました。郷土愛を語ると、かならず返ってくる言葉でした。

私ね、思うんですよ。そう言うあなたの心に奄美人としての喜びがないんですねと。

この人、寂しい人なんだなぁと、哀れみをおぼえます。

何もない?じゃああなたは誰から生まれたんですか?どこで生まれたんですか?

奄美の神様のご加護をいただいて奄美の土と水で育てられたご両親の宝ではないんですか?

故郷を卑下し、軽んずることは、自分の親先祖を卑下し軽んずることと同じだと私は思います。

だから、「こんな何も無い島になんであんたみたいな若者が帰ってくるの?本土の方が仕事もあるでしょ?」と言われると、

ああ、この方の子どもはもう奄美には帰ってこないなとわかります。

それは子どもへの愛かもしれない。本土にでて奄美を捨てれば、豊かな生活は手に入りますよ。しかし、こどもは一番大事なものを失ってしまうでしょう。

親を大切にしない子どもに、どんな幸せな未来があるというのでしょうか?

やがては、自分に還ってくることですから。

まぁ、そこで気づくことも人生の味わいではありますが。因果応報も大切な味わいですからね。

たしかに親の側に諦念は必要かもしれません。子どもに執着して縛ることはそれ以上に危ういことというのもわかります。

ただ、子どもの側からの立場としては、すくなくとも私は、親から恩をいただいていながら親を大事にしてない同世代は信用ならないというのが本音の部分かもしれません。

いくらこちらが大切に思っているとしても、本人にはそれが伝わってないのが明らかですからね。

本土のみなさんがすばらしいと言ってくださる奄美を、その恵みに命をいただいたものとして、素直にすばらしいと言える、そんな故郷にしたいですね。

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:31Comments(0)奄美

お気に入りサイトその③光次元絵画・武田育雄

2010年02月27日

そんなわけで武田育雄さんなんですよ。私が出世したらかならず欲しいと思う画家さんです。

http://ikuotakeda.jp/index.html

私は『仰光』シリーズが大好きですね。神道系ですから。えへへへへへ。

私は絵心なんて全くわからないんですが、この方の絵はなんか、言葉を失うものがありました。

戦争ものなどや心霊ものなどを読みふけり、ふと、なんかきっついと思うときには、この方のサイトで自分の眼球を清めてます。(笑)

ちなみに、モナリザは苦手です。眉書いてください。

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:28Comments(0)おすすめサイト

奉仕とボランティアの違い・自我と無我

2010年02月27日

「奉仕とボランティアの違いってわかる?」

「えーと・・・・わかりません・・・・」

「ボランティアは、してあげる。奉仕は、させていただく。」

「はぁ・・・」

「神事もお仕事もそうだけど、奉仕の心、させていただく心が一番なんだと思うよ。」

「むずかしいですね・・・・それをむずかしいと思う私の心が奉仕を苦しみと感じているからでしょうね・・・・・」

「奉仕は自分がだせないからね」

「それが私の自我なんですね・・・」

「自我が強い人は、奉仕のつもりでも自分がしてあげた自分が自分がになっちゃうからね」


素直な心で、無心で、利他の心で、お仕えさせていただく。

もっともっと、自分を向上させていきたいです。

ありがとうございました!!!! .












たいちょー、みーてーろよー

(`・ω・´)シャキーン




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:27Comments(0)隊長(眷属さん)

おもしろいサイト②『新・軍事ドラマ 中隊本部』

2010年02月27日

私が大好きでたまらないサイトです。

http://cohq.syuriken.jp/PC_main.htm
『新・軍事ドラマ 中隊本部』 

サイトアドレスでとべないときは、名前をググったら一発です。

これ書いてるの、絶対現役だよなぁ………。

等身大の素敵な殿方がみれますYO!
(`・ω・´)シャキーン

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:24Comments(0)おすすめサイト

おもしろいサイト①『特殊清掃・戦う男たち』

2010年02月27日

インターネットをみていると、不思議なサイトにいきつくことがあります。

その中でも特にお気に入りのサイトの一つがこちらです。


『特殊清掃・戦う男たち』http://blog.goo.ne.jp/clean110


簡単に説明すると、清掃会社の中でも遺体関連清掃に従事されている方のブログですね。

自殺・病死・孤独死。さまざまな最期とそのあとのこされたもの。

自殺というものがいかに迷惑きわまりないものであるかも如実にわかります。



このブログは読んで損はないと思います。

かならず、人は死ぬ。その事実をふまえたうえで準備しておかないといけないなぁと、考えさせられるブログです!

(σ・∀・)σゲッツ!!
  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:17Comments(0)おすすめサイト

『墜落遺体』を読む

2010年02月27日

群馬県の尾巣鷹山に日航機123便が墜落してから、500あまりの遺体の検死作業にあたった警察官の方の本です。

あの事故の壮絶さは、当時幼稚園児であったわたしはこの本を読むまで知りませんでした。

国家権力ギライのうちの父も、この本を読んで「警察への考えが、少しかわった」といわしめました。

ちょいキツい描写もありますが、それよりも、壮絶な現実のなかでそれでも『誰かのために』を想うことの崇高さを、いっぱい知らされました。

機能停止に陥った、墜落をまつだけの飛行機のなかでそれでも最後の瞬間まで乗客をたすけようとした操縦士。

絶望的な状況下で最後まで乗客に笑顔と配慮を与え続けたスチュワーデス達。

もう助からないと悟ったときに、恐怖をこえて愛する人への愛をしたためた乗客たち。

急峻な山奥に墜落した現場へ、遭難の危険もある未開の山々をてさぐりで命がけで道をきりひらきながら救助活動に向かった地元の消防団。

遺体のとびちる凄惨な現場で、八月の炎天下、不眠不休で救助活動と500あまりの遺体収容をやりつづけた自衛隊と機動隊。

衝撃で原型をとどめない2000あまりにわかれた遺体を一体でも遺族のもとへ帰そうと、不休で検死作業をやりつづけた警察官。医師。

遺体をすこしでも美しい状態で家族におかえししたいと、休まず遺体にケアをしつづけた看護婦たち。
それを支えた地元と全国からのボランティアの人々。

これは、本当におすすめです。

おまわりさん、ありがとうございました!!!!

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:12Comments(0)オススメ本

ある善人の話

2010年02月27日

うちの母は、住用村(現・奄美市住用町)の○○というところに生まれました。

村でも真面目な働き者として評判だった木こりの祖父とやさしい祖母。母はすごくのびのびと育ったそうです。

その集落では、時々、青年団がよそからきた人と酒席でケンカになると、集団リンチにすることがあったそうです。

そんな夜は村中が張りつめた空気に包まれ、祖母は子供たちを決して窓に近寄らせませんでした。

しかし外から聞こえる怒号、助けを求める悲鳴は、家の中までも聞こえてきたそうです。

ある時、母は興味本位に覗いてしまったそうです。

青年団のおじさんが、血だらけの知らない人の髪をひきづり、山肌からあふれる水をかけていました。

人間とは思えないほど腫れてゆがんだ顔。その人は、ピクリとも動きませんでした。

母は言います。「あの人はどうなったんだろう・・・・・他にリンチされた人たちも、次の日にはいなくなってたから・・・警察もこなかったし・・・・・・・・」

それを知るすべは、もはやありません。

ある夜、営林署の方が青年団とケンカになったと、また祖母が緊張した表情で窓をしめきりました。リンチの途中で一人が逃げ出したと、集落の出入り口にたいまつをたいて、青年団が総出でさがしているようでした。

その深夜、母はトイレに起きました。当時はトイレは外の離れにありましたので、ねぼけながら外にでると、トイレのかげ、外から見えない位置に、うずくまる真っ黒な人影があります。

「おっかーん!!!けんむんがでたー!!!」と母が祖母をおこすと、祖母は瞬時に事態を察したようでした。

祖母は真っ黒な人影に話しかけました。

「かくまってあげるから、こっちにきて」

それは、逃げ出した営林署の人でした。川にとびこんで逃げたらしく、ずぶ濡れで震えていました。

祖父を起こして事の次第を話すと、祖父も「絶対青年団にわたしてはいけない。ここでほとぼりがさめるまでいてもらおう」

お風呂に入ってもらっている間にご飯を用意して、祖父の寝間着をさしだすと、その方ははじめて安心できたらしく、泣き出したそうです。

結局その方を家で一週間ほどかくまい、その間は母も子供ながらに緊張していたそうです。それはそうでしょう。なにせ、集落の人が遊びにくる襖へだてたむこうに、その方が息をひそめていたのですから。(それだけ狭い家だった)

祖父が中心部の名瀬から知人の車をたのんで夜中に村から脱出させるときに、家族みんなで泣いて別れたといっていました。

その方からは、のちのちまでお礼状や季節の贈り物、年賀状などが届いたそうです。

村の人間にバレたら自分たちも村八分になる危険のなか、それでも助ける勇気。

私は、祖父と祖母が大好きです。  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:10Comments(0)聞きかじり・読みかじり

隊長との雑談・ある日常

2010年02月26日

その御方を、私は畏怖と尊敬をこめて『隊長』とお呼びしています。

もちろん、何を言われた時も返事はすべて「レンジャー!」です。



     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません、冗談です。

そんなわかりにくい冗談はともかく、隊長はときどき私に、コーラを500倍に濃縮して唐辛子と般若蕩と梵字と大麻(アレではない方)と火曜サスペンス劇場をいっしょくたにして一気のみしたかのような、清涼飲料水のようなさわやかなひとときを恵んでくださいます。

え?もっとわかりにくい?

そんな隊長のお話です。



「一年くらい前、オヤジ狩りにあっちゃってさぁー」

「え!?そうなんですか??」

「そうそう。深夜にコンビニの駐車場の奥に車とめて出たら、若いニーチャンが二人。スッと俺の前後をはさんで立つわけよー」

「・・・・・・・・・・!(ゴクリ)」

「それで前にいた方が言うんだよね。“俺たちいまお金がなくて”言い終わる前に○○けってしゃがんだところを両手で頭はさんで顔面にひざいれて、そのままけり5、60発ぐらいいれて、完全にのびたところで近くの川にほおりこんだ。で、もう一人にあんたもやる?っていったら、ぶるぶる頭振ってそのまま逃げてったよ☆」

「・・・・・・・・・・・・あの、それ過剰防衛じゃぁ・・・・・・・」

「なんでだよー(笑)2対1だぜ?こっちはおじさんだし、不利にきまってるじゃん。だから先手必勝。」

「相手の方に万が一の事があったらどうするんですか!(苦笑)」

「あー。大丈夫大丈夫。ちゃんと急所は避けてるし。念のため次の日よーく新聞読んだけど載ってなかったから☆」

「しかしですねー」

「それに万が一の時があったにしても、それは彼らに《運》がなかったんだよ。彼らはオヤジ狩りをしようとした時点で、《運》を捨ててるんだから」

うーむ。そうか。そういうことなのか。

また一つ、勉強になりました。あまりにすばらしいお話でしたのでこちらにしたためてしまいましたが、寛大で慈悲深い隊長はかならずや許してくださるものと固く信じております。













教訓:全国の人の道を外れた若者のみなさん。オヤジ狩りはやめておきましょう。   


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:32Comments(1)隊長(眷属さん)

自殺はなぜいけないのか

2010年02月26日

もうどのくらい前からでしょうか。奄美での自殺の異常な多さが、たくさんの人々の口によってひそやかにささやかれるようになったのは。

今日は誰さんの親が・・・・昨日は誰さんの友達の弟が・・・そのささやきの多さに、うんざりすることが多くなりました。

ある旅行ガイドの方からきいたお話では、山中のツアーガイドの最中に遺書の残された無人の車を発見するのが一度や二度ではないと。

それをきくたびに、私はかなしみと怒りがこみあげてしまうのです。

自殺はどんな理由であろうと罪です。それはあなたを愛してきたご先祖さまや奄美の神様や、あなたと関わり支え合いをもったすべての方を傷つけるからです。

殺すなら、己のその弱さを殺せ!!自分しかみえないその心の目をつぶせ!!

皆に指さされて笑われても、砂をかんでも、生きて生きて、生きて生き恥をさらせ!!と、私は思ってしまうのです。

小学生のとき、いじめられていた私は、一度本気で自殺を考えました。

しかし最後にそれを止めてくれたのは、両親の存在でした。

私のせいでたくさん苦労した父と母を、これ以上、悲しませちゃいけない。

生きる。両親が死ぬまでは生きる。

その思いを支えに、歯をくいしばることができました。

本当につらい時には、どうか自分を捨ててください。そして、大切な方、恩をかえさねばならない方のために生きてください。

自分の苦しみよりも、あなたを生かしめた周りのみなさんへの報恩だけを考えてください。

自殺とは、自己憐憫のきわみという意味では最大の“驕り”でもあるのですから。

自殺という悲しい出来事が、一つでもなくなりますように。   


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:30Comments(0)自殺者を減らそう!

天のこころ

2010年02月26日

いきなりアヤシゲなタイトルで失礼いたします。(笑)


数年前あるお客様に呼ばれ、出張マッサージに伺った時のことです。

お一人ずつ合計4人のお客様をさせていただいていたのですが、最後のお一人様になんとなく普段と違う感覚を感じていました。

三人の方はどことなく日本神道系のかほりで『ああ、そちらのご縁で奄美までいらしてくださったんですね。ありがとうございます。』と、まぁフツーにすすんでいたんですが、

最後のお一人様、お子様連れの若いお母様をさせていただこうとした時、ガラリを空気がかわりました。

???と思いなんとかイメージを合わせると、

『主への祈り』

という言葉とともに、美しい賛美歌のような音楽がきこえてきました。

悲しみと祈り。その深くどこまでも透明な想いが天から降り注ぎ、悲しいはずなのに、非常な神々しさをたたえていました。

目に見えない光が降り注ぐ、まるで教会のような雰囲気に圧倒されながらマッサージしていると、若いお母様は、何故かマッサージの間、目に涙をためておられました。

泣くのをこらえてかすかな嗚咽をかみしめておられるのを知り、私はただ、理由もわからぬままマッサージを続けるしかありませんでした。

後日招いてくださった出張先のお客様がご来店くださったので、思い切ってそのことをお伝えしました。すると、お客様の表情が一変しました。

「実はあの女性は、数ヶ月前にご主人を、交通事故で亡くされたんです。 

まだ赤ちゃんも生まれたばかりで、上の女の子と坊やも、いまも時々
「パパに会いたい」
と夜泣きするみたいで、とても不憫で・・・・・。

それで今回、少しでもなぐさめになれたらと奄美にお連れしたんですよ・・・・。」

ああ、あの光は、天からのなぐさめだったのか。

亡くなられたご主人の悲しみも、のこされた奥さんの悲しみも、天はすべてご存じだったのですね。

あのどこまでも崇高で優しい悲しみと祈りの光は、若いお母様の悲しみを共にかなしみ、光によって抱きしめる天の想いだったんです。


悲しみや孤独の中に神様の臨在を感じるというのは、たとえではなくまぎれもない本当のことだったのだと、こころに刻まれた出来事でした。




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:23Comments(0)スピリチュアル

ある写真

2010年02月25日



この写真はたしか四年前、宗派のメールで回ってきました。

出していのかな?うーん、いいんじゃね?(笑)もう時間たちまくってるし。

詳しい日付も調べればわかりますが、面倒だから調べません。(笑)

箱根精舎という宗派の寺の食堂から、女性の信者さんが夕暮れの外の風景を写メで撮ったら、思ってもいないモノが撮れたというわけです。

つまり肉眼ではみえなかったのに、カメラには写ったんですね。

うちの師匠は宇宙人とも交流していた時があり(嘘くさいでしょ、私も信じられませんでした)、師匠いわく、「いい宇宙人(プレアデス・金星系の人たち)は地球の民族観や宗教観にすごく関心をもっていて、いろんな宗教の施設や聖地の上によく彼らのUFOが止まってるのよ」だそーです。

いい宇宙人と悪い宇宙人の見分け方はどうするんですか?とたずねると、

「毒々しい形やあまりにどぎつい原色の光をだすUFOは関わっちゃダメ」

だそうです。いや、関わることってたぶんないです・・・・。

師匠がいい宇宙人と関わるときは、一つ条件があったそうです。

「神を信じていること、宇宙人の存在を信じていること、そして素直な心であること」

この心に濁りのある人は、いい宇宙人のUFOが見えなかった(関わることができなかった)そうです。(ちなみに師匠は矢追純一の本を知らなかった。)

師匠によると、姿を周りの景色と同化させているだけで、UFOはそこら辺によく飛んでいるんだとか。(一番姿を似せているのは雲らしい。そう言われると、ときどき変な形の雲がありますねー)

私はあんまり宇宙ネタ得意ではありませんが、ま、たまにはこんなネタも。







  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 18:51Comments(0)オカルト

お願いしますとありがとう

2010年02月25日

東京のエステにいた時、霊的感性のするどい先輩が、真面目な口調でこんなことを言っていました。

「お腹に邪気が入ったり疲労がたまったりして調子が悪いときは、ヤクルトさんに助けてもらうの! 

『ビフィズス菌さん、どうか力をかしてね!!お腹を治してね!』

とお願いして飲むと、ホントに、ビフィズス菌さん達がまかせろー♪とばかりに頑張ってくれるんだよ!

だから、その時は心から感謝するの!そしたらもっとお腹で頑張ってくれるんだよー」


それをきいた時、正直私、ドン引きしました。この人、大丈夫か??つかれすぎてイッたか??

いえ、天然な方ではありません。むしろ、むちゃくちゃ頭いい人です。大学院を首席ででてるくらいの方です。

しかしそんな先輩が言うことですから、ある日ためしてみたんですよ。お腹が張って気持ち悪くてしょうがない時にですね。

すこしこっ恥ずかしい思いを隠しながら

「ビフィズス菌さん、力をかしてね!!!お願い!!」

そうしてヤクルト飲んだらあら不思議、あれだけひどい吐き気がスゥーッと楽になるのがわかりました。

いつもは薬飲んでも治まるのに2,3時間はかるくかかるのに。それだけじゃなく、なんとなくお腹がポカポカしているのもわかりました。

ビフィズス菌さん、ありがとう!!!!!(号泣)

動物や植物だけではなく、細菌や鉱物も生命体としての意識があるとは様々な本を読んで知っているつもりでしたが、ここまで露骨に現象として現れると、受け入れざるをえない思いです。

人間がそうであるように、他のみなさんにもお力を頂いて生きていること、そのことへの自覚と感謝がこれほどまでに潜在的能力を増幅させるのですね。

昔の方はお米の一粒にも感謝し、祈願と感謝供養とを祭りとしておこなってきました。それをいつから、鼻で笑う感性におちてしまったのか。

お願いします。ありがとう。その分、また頑張りますから。


ちなみにその先輩は植物の気持ちもわかるらしく、よく植物に話しかけていました。

ある日、私が切り花の百合をしげしげと眺めていると、いきなり先輩に平手打ちされたことがあります。

「な、なにするんすか!??」と頬をおさえてビックリすると

「あ、ごめん。百合がじろじろ見られるのすごいイヤがってたら、ついやっちゃった☆」

私の視線は配慮がないので繊細な感性をもつ植物にとってはかなり痛いらしい。いや、そんなこと言われても・・・・

みなさん、植物をジロジロみるのはやめましょう(笑)

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 12:01Comments(0)スピリチュアル

きたる時代には

2010年02月25日

さっきの続きなんですけどね。

さるファンタジックな情報筋によると、淘汰されない会社になるための会社としての基本があるそうですよ。なんだと思います??

会社の理念の崇高さ。それを実行する精神。だそうです。

つまり、自分のことだけを考えてるつまらない会社や個人は、これから淘汰されるみたいだそうです。

えー、私のマッサージの理念は・・・・・・・奄美式として公共ブランド化をめざし、将来的に福祉分野に使うつもりです。まだまだ実力がありませんが。

そしてこれから一番淘汰される業界も明らかになりました。

『公務員・役所』だそうです。つまり、前例主義の固まりみたいなトコですね。

これから、公務員、とくに役所関係で大規模なリストラやもしくは役場そのものが民営化される流れになっていくと、さるファンタジックな情報筋は言ってました。これももう兆候はでてますよね。夕張市ですね。

これは気持ちイイですね。みんな、役所の無能っぷりにはいい加減ウンザリしてますから。

奄美市のさる役場なんか、市民の前で堂々と職員がパソコンでゲームしてたり、昼寝してたりしますからね。あそこまでいくといっそ清々しいですね!!!

簡単にいうと、ドラッガーはやっぱすげぇ!!!!というお話です。

手に職をもつだけではなく、もっといろんなことを勉強しよう・・・・と思いました。



  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 11:39Comments(0)経営・マネジメント

そのときには(三年前の日記)

2010年02月25日

いつだったか、たかじんのそこまで言って委員会を観ていました。

在日韓国人の教授に、あるコメンテーターが、「竹島返してくれるの!?」とからんでいました。

そうだよなぁ、竹島はいま不当占拠されてるんだもんなぁ。

そのとき、私は中国と朝鮮の問題を思い出していました。

中国がこのまま経済発展をつづけたら、米国は日本よりも中国をとるのかもしれない。そうしたら、もし中国が台湾を侵攻して、その次に沖縄・奄美に侵攻してきたら、日本はどうするのか。すくなくてもアメリカの民主党は日本よりも中国をとるだろう。日本は国防、どうなの??

朝鮮半島だって、統一したら核武装した軍隊ができるわけですよ。でもって竹島の住民を虐殺して現在進行形で不当占拠してるような国家が、統一したあかつきには調子にのって対馬に侵攻してこない保証はどこにもありませんね。

最近、さるファンタジックな情報筋(by北芝さん)からも、中国の動きが危険水域まできはじめているとききました。

私、本当は自衛隊に入りたかったんですよ。でも、共産党員の娘ですから駄目でした。

別のさるファンタジックな情報筋によれば、これから未曾有の不況がくるそうです。

不況というよりは、はっきりと「必要とされない会社や個人は淘汰される」時代になるのだとか。

正社員がある日突然バイトに格下げされたり解雇されたり、もしくは会社そのものがなくなってしまうそうです。その兆候はすでにあらわれてますが。

それをのりこえる方法が一つだけあるのだそうです。それは

『つねにイノベーションしつづけること、前例主義を捨てること』

これ、どこかできいたことありませんか??そう、M講師から学んだ、ドラッガーさんですね。

またその姿勢の精神的基盤として、

『正しき信仰・もしくは正しき志をもつこと。それに殉じる精神』

だそうです。あー、ますますM講師がおっしゃられていたことと符号しますね。

なんか、どきどきしている最近のわたしであります!!!!

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 11:38Comments(0)経営・マネジメント

霧島神宮にて

2010年02月24日

昨年、とあるサイトで知り合ったとある神道関係者の方から、大祓祝詞のコピーをいただきました。昔からの祝詞なので、『大中臣』という言葉などが入っています。

頑張って暗記してしばらくすると、お経と祝詞の旋律にハッキリとはいえませんが、どことなく似たものがあるのを感じました。これは気のせいかもしれませんが。



ちなみに旋律といえば、以前東京にてある方から、奄美の島唄の旋律は、降霊や神事につかう旋律に似ていると指摘をうけました。その方いわく

「なんて唄うたってんだ!場所間違うとあんたみたいなのが歌ったら危ないぞ!!」

へー。しかし、これ、うちのイナカの民謡なんですけど・・・・・・。

あんたみたいなの?なにそれ?




そんな昔話はおいといて、それからしばらくして、鹿児島の霧島神宮に参拝させていただける機会に恵まれました。

前日のみどりの日に、桜島にて見事な日輪を拝むことができた私は、ここにきてある種の導きのようなものを感じていました。

そして主人と二人、お賽銭をささげ、感謝の祈りを捧げさせていただいた時のことです。

突然頭のなかに、何かが光るのを感じました。

それは大祓祝詞と共に頭に入ってきました。





『  神々は 薩摩も奄美も愛している  』





それは、ほんの一瞬でしたが、私は、そこに日本神道の神々の深い慈悲をしりました。

その一瞬で、私の薩摩・鹿児島に対するうらみと怒りは、キレイに消え去りました。

これが、神々の思いなのか。私は自分なんかよりスケールのあまりにでかい眼差しに、ただただ、絶句するしかありませんでした。

私とはなんとちっぽけな存在なのだろう。自分のなかではもう過去の歴史を許した気になっていて、しかし潜在意識ではずっとひきづっていたのです。

その奥に潜んだ悲しみを見通し、浄化してくださったのは、他ならぬ神道の神々でした。

神々は奄美も薩摩も愛している。この言葉を、私は言えるだろうか。

神様の世界の眼差しの深さ、美しさに、自分の愚かなこころを悔いた出来事です。



  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 11:38Comments(0)スピリチュアル旅の記憶

昨今のいじめ問題に思う

2010年02月24日

数年前、福岡でおきたいじめ自殺で学校の対処の甘さが全国的な問題になりましたよね。

そのとき、リバティという雑誌で『我が子がいじめに合ったとき、学校側との問題について』体験談を募集していました。

母が「あんたの話をぜひ投稿しなさい」としつこく言ってきましたが、私はそれにあいまいな笑いをうかべて聞き流していました。

しかし先日、あるサイトのチャットでいじめられて学校をやめ、復讐を誓っているという女の子と話しをする機会があり、私は、当時のことを思いだしていました。



もう20年前の話です。小学一年生の時、私は休み時間のたびに男子に毎日机をかこまれ、こづかれたり、悪口を言われていました。

母からは我慢しなさいと言われていたようですが、ある日とうとう我慢できず、男子の一人を思いきり殴りました。

すると、男子は鼻血をだし、その夜、私は両親と男子の家に謝罪にいきました。

私の前で男子の両親に土下座する父の姿は、今も脳裏にやきついています。

寒い帰り道、両親は私の頭をなでて、「あんたは悪くない。もう気にしなくていいんだよ」とやさしく微笑んでくれました。

しかし、そこからが本当の苦しみだったんですね。

なんと男子の両親は「お宅の娘さんに殴られたせいで鼻の血管が傷ついてしまった。治療代をよこせ!」と、当時にして30万もの大金を要求してきたのです。(実は、もともと鼻血がでやすい体質だった。盛ってきたカルテもねつ造だったと病院の先生に相談して判明)

しかも男子の母親がPTAの父兄にあることないことを言いふらしたらしく、その日から父兄からの嫌がらせの電話が鳴り続けました。

毎晩夜中にきては明け方まで「金はまだか!!」と怒鳴りにくる男子の両親に、私の父と母は、ひたすら頭をさげるしかありませんでした。兄二人は夜中から明け方まで隣の部屋で響く罵声と謝罪の言葉を、どのような思いで3か月きいていたのでしょうか。

実はその当時、私は記憶がスッポリ抜けおちてます。いきさつはすべて16の夏に「そろそろ話してもいいかね・・・」と母にきいたものです。たぶん、当時のことは覚えてはいけないと、幼い私なりに封印してしまったのでしょう。

校長先生と教頭先生を間に入れての話し合いも一度もたれましたが、学校側は「この問題は当事者同士でなんとかしてください」と早々に見放しました。

児相・共産党・社会党・日教組・あちこちに母は相談にいきましたが、いずれも「お宅の娘さんが加害者なら、かばうことはできません」と門前払いされました。

しかしある日、ある匿名の電話が、私たち家族を救ってくださいました。

それは、実は学校の養護の先生でした。

「いま、あなたの娘さんの件にかんして、学校では校長から箝口令がしかれてます。ですから、私から電話があったとは決して他言しないでください。でも、教員はみんなあなた方の味方です。どうか、頑張ってください!!!」

そして、「私の親戚が東京で弁護士をしています。数日後にサンプラザホテルにきますので、どうか娘さんの件を話してみてください。私が話しておきましたので、お金は結構です!!かならず力になると思います!」

母がわらにもすがる思いでお会いした弁護士さんは、話をきいて、怒りに声を震わせたそうです。「こんなひどい話はきいたことがない!!お宅の娘さんは被害者ですよ!!」

弁護士さんはすぐ、東京から男子の両親に内容証明を送ってくださいました。「あなたのしていることは犯罪です。これ以上脅迫するなら、刑事告訴します。」

翌日から男子の両親はピタリとこなくなりました。

それから立て続けに、今度はどこから流れたのか、なんと地元・南海日日新聞の13面に、掲載されました。「学校でのトラブルで保護者が不当な慰謝料請求」

その日から父兄たちの態度は一変しました。あれだけの嫌がらせの電話が、途端に「私はお宅の娘さんを信じてたよ!!」などの激励の電話にかわりました。

母は、今でもPTAは大嫌いです。

するとマスコミから責任を追及された校長は「この件に関しては、学校側は最初から関与していません。まったく知りませんでした」とシラを切り通しました。

のちにこの校長は、知らずに入った私の叔母の店で、「あのときの女子の件は私の現職時代唯一の汚点だ!!あの女子のせいで!!」とグチッていたそうです。

当時のI校長先生、汚点を残してしまいまして本当に申し訳ありませんでした。(笑)

全国からマスコミが取材にきましたが、精神的にボロボロだった母は、すべて断りました。

名瀬警察署からも「その気がありましたら相手両親を詐欺罪と脅迫罪で刑事告訴もできますよ」と言われましたが、もう相手と関わりたくない一心で断りました。

朝日新聞の記者さんが取材を断った母に話した言葉が、忘れられないそうです。

「お母さん、こう言ってはなんですが、お宅の娘さんは事件が公になってよかったんですよ。あの学校とあの校長は、こんなひどい事件をいくつもにぎりつぶしてます。我々としても、、情報はきますが、地元紙がとりあげないかぎりは動けないんです・・・・・・」

それから男子は転校し、その両親はまもなく離婚。しつこく慰謝料をとろうとした男子の母親は、数年前、殺人罪で捕まりました。

母は言いました。

「20年前も今も、学校なんてかわらないんだね。子どもを守るのは、親しかいないのよ。」

それからもいじめにあったり、いろいろありましたが、それを乗り越えられたのは、あの時の父と母の、小さな私の頭をなでてくれた手のひらのぬくもり、あたたかさでした。いじめられてつらいとき、母は学校にいけと言いませんでした。そのおかげで、私はいま生きています。

私は、父と母のように、子どもを守りたい。そんな親になりたいです   
タグ :いじめ


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:11Comments(0)自分がたり

反省といふもの~初級

2010年02月24日

いま、なんとなく思い出したんです。

うちの宗派の坊さんが、昔受けた反省瞑想研修で、こんな事を言っていました。




自分は出家する前、よく上司とぶつかってばかりいました。

上司は理不尽に上から押さえつけてくる人ばかりで、私は自分の不運をよく嘆いていました。

しかし出家してからも、やはり直属の上司とぶつかる。そしていつまでも出世できない。

これはさすがにどうにかしないとと思い、反省に入りましたが、どうしてもやはり自分には非がないようにしか思えない。

もっと反省に入ろうとすると、心が苦しくなり、頭の中がボンヤリしてしまう。

私はある日決心しました。日本刀を買ってきて、目の前に置いたんです。

これで反省できなければ、自分は死のう。

実際に死ぬわけじゃありませんよ。これで反省できなければ、もう僧職をもつ資格はない。還俗しようと思いました。

そして逃げたくて発狂しそうな思いを耐えて、明け方頃、ようやく探り当てました。

上司とぶつかる原因は、父親との葛藤。

私はずっと父が嫌いでした。正直、にくかった。

でもそのきっかけは、ほんのささいなことだったんです。

忘れていた位のささいな記憶。小さい頃、ちいさないたずらをして、父にものすごく強くしかられたんですね。

でも、自分はそんなに悪いことだとは思ってなかったから、叱られたことにすごく反発して、父の非をあげつらって、ずっと反抗していた。

その幼い頃に父にいだいた自分の誤解。偏見。かたよった見方。それを、ずっと父にも周りにたいしても持ち続けてきたのだとわかりました。

だから、父にも、上司からいただいた善意からの指導にも過剰に反応して反発していた。すべては、自分の見方の誤りだったんです。

それが分かったとき、私は体が震え、涙が止まりませんでした。

その直後から上司にとりたてていただけるようになり、出世して、今、八正道研修の講師としてみなさんにお話させて頂いていることに、大きな神仏のはからいを感じています。

八正道の最初は何故『正見』なのか。それは、自分は周りをどのような先入観で見ているのかが、すべてのはじまりになるからです。

間違った認識をしていないか。先入観や、誤解はないか。色眼鏡でみていないか。自分や相手の立場を正しく認識できているか。さらに、神仏の目から見たらどのように見えるのか。

とくにご家族にたいして、見方の誤りはおきやすいです。それは一番近い関係の人には、甘えがでてくるからです。だから見方も自分本位になってしまいがちです。

どうか、なるべくご自分の言い分やいいわけを排して、深く反省の時に入られてください・・・。



なんで今、それを唐突に思い出したんでしょう。もう4年も前の話ですが。

つまりは私自身の過去からの家族や周りに対する見方・認識を、もう一度整理して反省、脱皮するときなんでしょうか。

うわぁ・・・・・・・・したくねぇなぁ・・・・・・・

イヤイヤ!!させていただきますよ!!!させていただきますとも!!!!


アヒャヒャヒャヒャ ヘ(゚∀゚ヘ)(ノ゚∀゚)ノ ヒャヒャヒャヒャ  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:51Comments(0)聞きかじり・読みかじり

前世物語

2010年02月24日

前世といえば、昔テレビ番組の古代インカ特集をみていたら、わけもなく涙がとまらなくなったことがあります。

泣きながら泣いてる本人は????状態で、ああこれは私じゃない人が泣いてるんだなと思いながら、「なんじゃこりゃ」な気分でした。

それから数年後のある日、宗派がつくった古代インカを舞台にした劇のビデオを観ていたときのことでした。

その劇は古代インカに宇宙人が神を名乗って邪教をひろめようとし、それを当時のインカの王が見破って民衆を正しい神への信仰の道へ導き、宇宙人の支配を阻止するというものでした。古代インカ版のあのハリウッド映画みたいなもんですね。

その冒頭、民衆が『宇宙の神(ホントはレプタリアンて宇宙人)』へ心酔しきって享楽に溺れている場面がでたときのことでした。

いきなり私超号泣。そして無意識に画面に向かって叫んでいました。

「みんな、違うんだ!それは神じゃない!!神じゃないんだ!!気づいてくれ!!」

そして「クラウド王、申し訳ありません・・・・申し訳ありません・・・・・」泣きながら謝ってました。

今まで感じたことのない、たまらない懺悔と悲痛な後悔、過去への悲しみ、自分が犯した償えぬ過ちを繰り返してほしくない心からの叫び、その全部がまじった血のにじむような思いがつきあげてきて、涙がとまらず、泣きどおしました。生まれてはじめて、死ぬほど泣きました。(最後は声がつぶれていたほど。むーん。)

翌日泣きすぎてまぶたが腫れた顔で出社した私は不思議な昨夜の出来事を師匠にたづねました。「せんせぇ、実は昨夜・・・・・」

すると師匠は普通な口調で 「ああ、アマちゃんはあのとき悪い宇宙人を神様だと信じちゃった側の神官だったからね~」

ああ、そうか。私は、死んだあとに、すべてを知ったんだ。自分が信じた神は邪神だった。本当は王様の言うことが正しかった。でも、自分は宇宙人がおこす奇跡現象だけを見て信じてしまい、「心の正しさこそ神への道なのだ」とを説く王様を『クラウド王は盲目の王だ』と公言してしまった。(この自分の言葉が頭にこびりついて離れません。涙。)

死んだあとにすべてを知ったのなら、あの臓腑を灼くような悲痛な思いも納得できました。それはたしかにたまらないわなぁ・・・・・・・

しかし人間は過ちを犯し、それに気づき、後悔して、反省し、また一歩向上できる生き物ですよね。

少なくとも私はもう同じ過ちはしたくない。だから、あれから自分が慢心してしまうことをとても気をつけています。気をつけているつもりです。

私が奄美に極端に執着するのも、一つはそれつながりもあるらしい。

まぁ、そんな人間ドラマもあるというお話でした。

七千年も前だし、さすがにもう時効でしょ?てへっ。  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:44Comments(0)スピリチュアル

ぽえむん 「つよくなりたい。」

2010年02月24日

私が石を投げられているとき
かばってくれる人はいなかった

私がなぐられているとき
かばってくれる人はいなかった

私が蹴られているとき
かばってくれる人はいなかった

私がののしられ嘲笑されているとき
かばってくれる人はいなかった

遠巻きに眺めている人たちが
とてもうらめしく思えた

憎しみと不信と怒りがすぎると
悲しみだけがのこった

だが私は守れるか
石を投げられる人を
その人を抱いてかばえるのか

それは勇気がいる
それは自分を捨てるということ
私はそれができるか
胸をはり できる! と断言できない私がいる

人を愛する勇気
人を守る勇気
自分を捨てる勇気
自分をつらぬく勇気
周りにそまらない勇気
天を信じる勇気

その勇気をもてたとき
はじめて私は
あのときの私をすくえるのだ
  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:27Comments(2)ぽえむん

因果をやぶる方法講座~先輩との会話

2010年02月23日

ヤボ用があって久々に東京の会社の先輩に電話をかけた。

「あー、アマちゃん?胃ぃ痛いねぇ~。あのさー、気持ちはうれしいんだけど、あまり気を抜かないでくれる?」

「えーん!(ノд;)そう言われるのも懐かしいけどごめんなさーい!」

「ま、いいんだけどね・・・アマちゃんと電話したらいつもこうだし・・・。リラックスすると“放散”するんだよね~。」

「それがわかればこんなご迷惑おかけしないんですが・・・」

「ははははは、早くわかるようになるといいね~。で、何?」

「(中略)なわけでしてね。・・・・で、そちらはどうですか?」

「ああ、最近も面白いことがあってね・・・(中略)でね・・・そうそう、アマちゃんの好きそうな話があったよ。」

「え?なんすかなんすか?」

「うちの知り合いでさー、自分の使命にやっと気づいた人がいたんだわ。(仮にA君と呼びます)
A君はいままで自分の得意分野いかして適当にふらふらしてたんだけどね。天啓があってね、やっとやるべきことがわかったらしいのよ。ああ、今まで自分がしてきたことは回り道だった。本当はこの道をいくべきだったって。

で、天啓いただいて、よし、もうこの道をいくぞって決めて。帰宅した途端に、電話がなったんだって。

得意分野の仕事の、ものすごいお得意さんからの大きな仕事依頼だったそうなんだよね。

でもその日は、いくぞって決めた道の大事な日と重なってた。

で、その人は、結局選んじゃったのよ。今までと同じ仕事の依頼を。

もうその時点でね、先生と私は「ああ、この人は“先へすすむ覚悟”がないんだなぁ・・・」てね。いろんな言い訳はつけてたよ。でも、ねぇ。わかる?」

「ええ、わかります。うち、よくそういうことありますもんね・・・なつかしいなぁ~」

「霊的にもこの世的にもそうなんだけどさ、因果の法則から抜ける秘訣は、『これまでと同じパターンでの自己判断をしない』ことなんだよね。

でも、因果の法則から抜けようとするときは、かならず『試し』がくるからね。“あなたの気持ちはホンモノですか?”ってね(笑)

それにまんまとひっかかっちゃう人がまた多いこと・・・・」

「うわー!!!先輩、その言葉スゴイっすよ!!!メモメモ!」

「なにしてんの?こんなの当たり前じゃん?(笑)奄美にこもって鈍った?(笑)」

「はい、かなり(笑)」

「でも、ホント『試し』くるんだよね~。(笑)でもさ、やっぱりさ、その試しにのまれるのはさ、結局、自己防衛とかさ、慢心とかさ、恐怖心とかさ、全部まとめて『本人のエゴ』なんだよね。アマちゃんならわかるでしょう?」

「はははははは!それ、昔の私を皮肉ってます?(笑)はい、イヤというほどわかります(笑)マジ、『我』ってキッツイですよね~。それが今までの価値基準なんだから。

そこから脱皮して今までとまったく正反対の判断とらなきゃいけないときなんて、ホント、死ぬ思いですもんね。」

「それも、越えてみて振り返ったら、ホントつまんない価値観だったんだなってわかるんだけどね。(笑)」

「その繰り返しですよね!(笑)でも、何回しても越える時はキッツイ(笑)あー、ホント師匠すげーなー。」

「アマちゃん、早く精進しないと、このまんまじゃおいていかれるかもよ?(笑)先生、まだまだすごいレベルアップなさってるから」

「マジで~!?もう、それ以上いいですよ、先生~!」

「私、全然まだ自分に甘いって、先生みててすごく思うもん。」

「先輩が勉強不足なんてゆったら、私なんかミトコンドリアですよ(笑)」




そういや、東京いたときによくあったな~。

ものすごく考えて考えてだした答えが、師匠から「あなたの考えてる土台そのものが自分本位なんです。そんな土台でいくら考えても結局は逆周りですよ。この問題は~という目で見るべきなんです。素直に神仏の目に合わせなさい。」て一刀両断だったからな~。

そのたびに吐きそうなくらい苦しくてね。でも、そんときに師匠に合わせるか自分の価値観をとるかで、考え方のパターン(=人生の方向性)という因果をこえられるかどうかが分かれ目だったんだよな~。

その吐きそうなほど重たい価値観の転換の積み重ねが、自分のカラをすこしづつ薄皮はぐように、でも確実にぺりぺりむいていったんだよなぁ・・・・。

まだまだ道の入り口にも立っていない自惚れと卑下のかたまりな私だけど、それでも「自分を向上させるということは、新しい選択をするということなのだ」というのだけはたしかに勉強になった。

うーん。なつかしい~。あー、東京いきてー。

そんな思い出で、しばらく目を細めているアマちゃんでありました。   


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 22:45Comments(2)スピリチュアル

ボランティアの効用・周りからの影響

2010年02月23日

私は自他共に認めるダメ人間だが、お客様によくお褒めの言葉をいただくところがある。

それは言葉遣いの丁寧さと笑顔。

しかし、それは必ずしも自分の育ちではない。育ちはそりゃぁもうアラっぽくて、母がしつけてくれた作法をことごとく忘却の彼方に追いやった親不孝のカタマリである。
かーちゃん、ごみんなさーい!(´;ω;`)ぴー

それでも荒っぽい事この上ない私がどうしてお客様にお褒めの言葉をいただくまでになれたかと言うと、それは師匠の影響と宗派の寺でのボランティアのおかげだろう。

師匠はどんな人にも腰を低くして接する人だった。つねに配慮あるあたたかい言葉と笑顔を絶やさず、それがまったくいやらしくない方だった。従業員にはそりゃあ厳しかったが、それでも必ず間違いを道理を説いて叱っても決して人格を否定することはなかった。

宗派の寺でのボランティアも、実は師匠からの指示だった。仕事していると突然「いまから精舎(宗派では寺をそう呼ぶ)にボランティアにいきなさい。」

私( ;゚Д゚)ぽかーん

なにをするかというと、ひたすら施設内の掃除。そして参拝にいらした信者さんの接待。たしかに言葉遣いや笑顔はすごく勉強になった。しかし、どうもスッキリしない。

私、なにかヘマしたのか?これは左遷か?そうなのか?

そして悶々として帰ってくると、師匠は何も説明せず一言

「させていただいたことに感謝ですよ。」

正直私は「こっちがしてあげてるのに、させていただいたことに感謝とはこれいかに!?」と意味不明。

ますます納得できず悶々とする。

しかしある日、こんな事があった。

がらんとした寺の食堂でテーブルの拭き掃除をしていると、一人の女性が入ってきた。

食堂はティールームのようにもなっているのでよく会員同士の談話や勉強などに使われる。

この方もそうかな?とも思ったが、どうやらそうではないらしい。どこか雰囲気が落ち込んでいる。顔色がくらい。

私はいつものように笑顔で会釈をし、型どおりのボランティアとしての挨拶といくつかの言葉をかけた。

女性は近くの椅子に腰掛けると、しばらく窓の向こうを眺めていた。

そのうちにハンカチをとりだし、そっと目元を拭っていた。

私は女性の邪魔にならないように、黙々とテーブルを拭く。

五分くらいして、女性が立ち上がった。

女性「あの・・・・」

私「え?私ですか?」

女性「はい・・・ありがとうございました」

私「( ゚Д゚)? なにかございましたでしょうか?」

女性「・・・実は、会社の人間関係で疲れてて・・とうとう頭がおかしくなりそうになってさっき無理矢理早退してきちゃったんです。」

私「そうでいらしたんですか」

女性「でも、さきほどボランティアさん(私のこと)からすごいあったかい言葉をかけていただいて・・・なんか、すごい癒されました・・」

私「いえいえ、私ごとき、そんな・・・」

女性「いえ、ホントなんです。なんか、自分はこんな笑顔とか言葉づかいを会社でしてるかなって思ったら、全然できてないなって・・・そしたらなんかスッキリしたんです」

私「もったいないお言葉です。こちらこそありがとうございます!」

女性「ボランティアさんてすばらしいお役目ですね。私でもできますか?」

私「はい!一階の受付で職員さんにおたづねになられてください。オススメはトイレ掃除です!気持ちいいですよ~!」

女性「クスっ(笑)ホント、楽しそうですね。ちょっと行ってきます。ありがとうございました。」

なんか、すごいジーンとしました。ありがたいというか、丁寧な言葉と笑顔の影響ってすごいなと思いました。

師匠がボランティアに行かせてくださった意味はこれだったのかな?

もしかしたらもうすこし意味があるのかもしれませんが、いまのところわかるのはこれくらいですね。

いま、思い出した過去の出来事です。

  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 22:42Comments(0)自分がたり

【サークル】長渕剛好き奄美集会所のご紹介

2010年02月23日



えー、奄美の歌えない森久美子ことアマちゃんです。
(o‘∀‘o)

いつもこんなアヤシイぶろぐを読んでくださっているそこのみなさん、本当にありがとうございます。
m(_ _)m

さて、このたび、僭越ながらサークルをつくらせていただきました。

「長渕剛好き奄美集会所」でございます。
http://saakuru.atja.jp/commu_detail.php?sid=amamin.jp&commu_id=1711

そこの長渕剛好きのあなた、ぜひ剛について語りましょう!

えー、私は小学三年のときに春日町であった納涼祭で歌詞の意味もわからず「激愛」を歌った猛者です。

この記憶を消してしまいたい・・・(´;ω;`)ぴー


  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 20:36Comments(0)どうでもいい話

師匠からのご指導~邪魔の原因

2010年02月22日

師匠が言ってたことをふと思い出した。

因果とは、過去世の自分自身やご先祖も含めた『判断(から至る結果)の積み重ね』なのだと。

だから、それまでの因果の法則(行動パターン)をやぶるとき、苦しいのはなにもオバケだけのせいでもないらしい。

つまり、変わってほしくなくて邪魔するのは

「ご先祖や守護霊からの干渉」もあるということだ。

これは、結構ショックだった。

本人が変わろうとしてるとき、足をひっぱるのは「保守的な味方」かもしれないということだから。

だから、神仏の力が必要なのだという。

守護霊やご先祖よりも大きな意志存在とのつながりをもって、祈願や勉強をするということは、「変わることの必要性」を霊的に自分にもそうだが、自分を精神干渉しているそういった「保守的な味方に知らしめる」のも大きな意味あいらしい。(特にそれが過去において成功体験・宗教体験をもたらした価値観であるほど、変革を拒む念力も強固らしい)

たくさんの強固な意志のはいった『過去判断の積み重ね』をやぶっていくには、本人の強い変革への意志と、外部からの霊的・精神的な支援の両方が不可欠なのだという。

さて、こんなことを書いているということは、私はいまなにを破るべきなのかな?

るる~ .  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 23:08Comments(0)