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大川隆法総裁先生ご収録霊言『司馬遼太郎「愛国心」を語る』を拝聴致しました(ネタバレなし!)

2018年04月27日

全国一億五千万の総裁先生霊言ファンの皆さん、こんばんわ!

( ノ゚Д゚)ヨッ


普段は拝聴しても滅多に書かない私が書くということは、

そう、重要性パネェということです!

でもネタバレはしないもんね!

あくまで感想だもんねー!!!!!!

(゚o゚)(゚o。)(。o。)(。o゚)(゚o゚)(゚o。)(。o。)(。o゚)ゴロゴロ~



そうそう、総裁先生が、司馬遼太郎霊を降霊された瞬間、

総裁先生のお顔が激しくブレて数秒間見えなくなったんですが、

あれは私の目の錯覚でしょうか?

それとも画像があそこだけ飛んでるんでしょうか?



しかし二時間の霊言!!!!

総裁先生の集中力おそるべしです・・・・・・

最後あたり司馬先生マジでキレてました。





以下、野崎梨乃の霊言拝聴感想。

(あくまで感想です。まったく関係ない連想内容多々あります。
これを鵜呑みにせず、本編を拝聴されて、
私の感想がいかにぶっ飛んでるかをご確認ください(笑))





・宗教は「お立て直しの革命史観」

・お金と下の話で政治が空転しているが、安倍総理自身もそれを利用している
(国防スカスカにする&中国北朝鮮からなるべく目線をそらす目的としか思えない
三流芝居報道に終始する中韓マネーにズブズブマスコミはおいといても、
政治対立を深める憲法九条議論をあえて避け、野党がアホにみえる現状を長引かせている。
安倍総理は現時点ですでに憲法九条改正よりも自身の政治生命の延命を政治目的にしている
つまり安倍総理自身がすでに愛国や国防という難題に立ち向かう気がない)

・北朝鮮と中国に対してどうやって言論で戦う?第三の勢力をどうやってつくる?
ロシア?それともイスラエル?

・現代は「次代を創る」という理想が上にも下にもない

・志ある個々人が影響力を増していかねばならない

・三島由紀夫や吉田松陰が今こそ再評価される時代

・司馬先生マジで激アツ!!!!

・日本独特の「主体性と責任の所在を曖昧にした評価システム」と、左翼思想が融合した結果、日本に悪平等が溢れている

・国防と愛国の徒が必要

・世界はすでに電子戦に入っている(ということは、日本の国防の生き筋もここにあるんじゃね?)

・民主主義は独裁国からの侵攻に対して脆弱

・人権問題は左翼が主導権を握ろうとする時の常套手段

・理想や大局観ではなくゴシップや週刊誌レベルの情報で政治が動いている事の恐ろしさ

・自分がやってもないくせに人に求めるな、まずお前がやれ

・「国」や「公」の理念の教育がなされていない

・悪平等の時代 目立つ者を皆で叩く 裁き合い 嫉妬が非常に強い時代になっている

・嫉妬心の正当化は左翼思想への親和性が非常に強い

・小さな所で裁き合いをさせて大局観を見えなくさせる

・組織としてのHSそのものもすでに言論的におりこうさん路線、失敗を恐れて小さく縮こまる路線になっている。日本の縮図
(冒険する職員さんがいない、いても目立たない、もしくは目立ち方が足りない)

・現代における尾崎秀実達が「全体主義国家を利する為の目くらまし」の為に印象操作で違う敵を作りだし、国民を扇動している
(尾崎秀実霊が現代マスコミにも大きく関与しているのではないか?)

・OSS(アメリカCIAの前身)にも入り込み、戦後日本の占領政策にも多大な影響を与えた
フランクフルト学派が近代アメリカにリベラルの病巣を広げ、それがアメリカマスコミに大きく影響を与えている。
(アメリカマスコミは日本以上に九割がリベラル)
その方向性をコピーしていたのが朝日新聞ではないか

・ちなみにゾルゲはフランクフルト学派にも関わりあり

・マスコミによる情報操作と印象操作による大衆洗脳の害悪をどうやって無力化していくべきか?言論の自由は守りつつも、対策を考えていくべき

・理想の国家観や公への理想、奉仕の思想の教育啓蒙が大事

・ひっくり返す「一厘」は何か

・とりあえずぶっ飛べ!突き抜けろ!

・文科省の官僚は昔から韓国系からの接待漬けで付き合いズブズブだそうですね
そりゃ日本の歴史教育ダメダメになるわな
(ソースはチャンネルくらら)
まぁ寺脇さんとか前川さんとか見ればねぇ。







結論:

総裁先生今回のスーツかっこよかったです!!!





え?そういうのいらないって?

うーんと、まぁ、私みたいなボンクラがまとめなくても職員のどなたかがキレイにまとめるから・・・・・

(*>ω<)(>ω<*)ネー









改めて結論:

これ拝聴したお前は何するんだ?



私?私は・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・ブログ・・・・



夏は稲妻~冬は~霜~♫













文科省の官僚が韓国系から接待漬けという情報、財務省ダービーかどっかだったと思ったけど何処いったか分からんかったので去年のこれ貼っときます。

増税推進は財務省と☆☆党が主導だよ☆という事実についてね。




この時代に英雄たらんとするなら、何をするのかな?

私はこの時代にあえて『幸福実現党』を立ち上げた総裁先生はマジで天才だとやっぱり思うの。

これこそ大局観でしか理解できんからね。

私の周り全員ドン引き、私を守ってくださってる奄美の神様は幸福実現党推し。ここにすべてが現れてる。

後代からみた偉人や英雄ってのはその時代からみたら往々にしてキチガイみたいに思われるもんです。

天意をどうこの世的に「ヒロイズム」としてパフォーマンス的に翻訳するかですね。









  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 19:39Comments(0)幸福実現党

この国を蝕む「保身」と国民が求める「ヒロイズム」 2012/09/18

2018年04月26日



(再掲載)





私は日蓮聖人とみっしーが大好きだ。

日蓮聖人と三島由紀夫さんがどうしてあそこまで光るのかを考えるとき、

それは「不惜身命」ではなかったかと思う。

民衆から理解されず、石を投げられても、あざ笑われても、

ただひたすらに国を守ろうとし、天意を降ろそうとしたのではないか。

その「大いなる理想のために、自分になにができるのか」という純粋な気持ち、

これを、日本国民があまりに精神が敗戦にうちのめされすぎて、自らの手でつみとってしまったことが、

米国への隷属者の首輪となったのだろう。

隷属の首輪は、盲従であり、保身であり、思考停止だ。

日本は、隷属の首輪をした保身者があふれたのだ。


この時代に、私たち国民一人一人がみっしーから学ぶべきは、

「大衆に迎合するなかれ、真実を掲げ続けよ」ということにつきるのではないかと思う。

しかし、国民の心をひきつける要素が必要だ。

国民をひきつけるもの、それは「情」であり、「希望」であり、「ヒロイズム」ではないかと思う。

保身から遠く離れて、国民の希望となる道とは何か。

希望とはなにか。

伝説をつくるとはなにか。

それを考える。





  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:31Comments(1)

ぽえむん「こぼれる光」

2018年04月22日

我が身より

こぼれる光に

耳澄ます





祈りは

外には無く

祈りは

内にある





我が神

我が神

我を包むあなたの護り

あなたの思いのわずかな雫が

私を包むあたたかき

光はこぼれて纏う身の

ありがたさの他になし








何を望むか

これほどのものをいただいて

この上に

何を望むか







ありがたし

ありがたし

ひたすらに

ありがたし






我守られし

神の御光

この上に

何もなし











  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:32Comments(0)ぽえむん

ぽえむん「かみごころ」

2018年04月22日

かみぢから

わがみよりいでて

わたくしをてらし

わたくしのまわりをてらす




ひとはみな

かみのわけみたま

かみであり

かみのこ




なればみよ

そのすがた

そとみにまどうことなかれ

そのすがた

まわりとくらべることなかれ

そのみそのいのち

かみからあたえられしもの

ならば

そのみそのいのち

かみのいぶきそのものぞ

うぬぼれるひつようもなし

まわりとくらべるひつようもなし

そなたのみ

そなたのいのち

かみからあたえられしもの

ならば

なんとする

ならば

なんとつかう



ならば

なんとしてつかいきる



それをこそとえ





よいか

われはむかしからくりかえしつたえる

すべてのものには

さまざまなさようがあり

さまざまないみがある

どのいみをとり

どのさようをみるか

それが

そなたのさきにつながる





だから

そなたのみ

そなたのいのち

かみよりあたえられしなら

なんとする

なんとつかう

うぬぼれはいらぬ

すべてのいのちはかみのもの

すべてのそんざいかみのもの

すべてのうごきはかみのもの

しかしかみは

そなたにまかせる

かみぢから

つかうもつかわぬも

すべてそなたにまかせるぞ






かみぢから

かみのおもいをうけとめて

そなたにつながるかみをみよ

そなたにつながるかみみれば

かみはそなたのみをつかい

かみはそなたのいのちもちいて

このよになにをなすものぞ






かみのおもいにわたくしを

あわせてみればみちひらく

そなたもこなたもかみのこら

たがいにほめあいいかしあい

つなげてくくるみちのうえ

あるじにつながるたいようの

ともいきのくににいたるかな







  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:23Comments(0)ぽえむん

伊藤律スパイ説はすでに崩壊していた件(再掲載)

2018年04月21日



ゾルゲ事件を調べたら、なんと伊藤律が無実だったことが出てきた!

話したら父ちゃんは黙って涙を拭ってました。

野坂参三、思った以上に黒いヤツだった・・・・。




伊藤 律
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%BE%8B

伊藤 律(いとう りつ、1913年6月27日 - 1989年8月7日)は日本の政治運動家。元日本共産党政治局員。岐阜県土岐郡土岐村市原(現・瑞浪市)出身(広島県生まれ[1])。幼名は、恵一。中国名は、顧青。

生涯[編集]

共産青年同盟時代まで[編集]

父連次郎の勤務先広島で生まれる[1]。間もなく父の故郷岐阜県瑞浪に戻る[1]。幼少期から神童の誉れが高かったといわれ、旧制岐阜県立恵那中学校(現・岐阜県立恵那高等学校)4年生修了後、1930年に第一高等学校(現・東京大学教養学部)に入学する(飛び級入学。いわゆる「四修進学」)。同期に後に作家となる杉浦明平がいた。杉浦の後年の回想では、入学の時点で伊藤はすでに社会主義に関心を持ち、1年生から読書会を主催していたという[2]。2年生の1931年初秋に共産青年同盟に加盟し、国際反帝反戦同盟東京委員会印刷局に加入[3]。この頃は昼は学校と家庭教師のアルバイトをこなし、夜に組織の印刷物を作成・配布する生活を送っていた[3]。伊藤は、特別高等警察(特高)によって壊滅した一高の共産青年同盟を再建する任務に当たったが、やがて当局の察知するところとなり、1932年9月に地下に潜行、12月に放校処分を受ける[3]。伊藤は東京城西地区の大学へのオルグ活動を担当する。特に東京商大(現・一橋大学)では「籠城事件」後の学生の盛り上がりに伊藤の活動が加わり、学内の共産青年同盟は60人の規模に伸張した[4]。しかし、1933年2月には特高の検挙で東京商大の組織は壊滅状態となった。 同じ2月に伊藤は共産青年同盟の中央事務局長となり、3月13日に正式に日本共産党に入党した[5]。だが、同年5月16日に検挙され、大崎警察署に検束される。伊藤の共産党入党は三船留吉・今井藤一郎の推薦によるものだったが、この二人は特高のスパイであり、検挙も三船が手引きした結果だった[6]。市谷刑務所・豊多摩刑務所へと移送され、予審が終了した1934年12月25日に保釈された。1935年4月16日、東京地方裁判所で懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受ける。この取り調べで転向を表明するが、取り調べた特高の宮下弘はそれを認めずに起訴して検察に送ったと後に述べている[7]。

共産党再建活動と再度の検挙[編集]

判決後の5月に伊藤は親族の伝手で大阪府堺市にあった三菱鉱業系列の堺化学工業という工場に臨時雇員として就職する[8]。ここで働いたのは5ヶ月間であったが、その間に社外工を組織した[9]。労働の現場に初めて入った伊藤は、親しい知人への手紙で「我々の頭の中で考えていることが如何に抽象的で、一面的で、ある場合には子供っぽくさえあるかを痛感します」「僕は一切の感覚を働かせて、ねばり強い辛抱をもってこの生産点から本当に大切なものを摂取しようと努力しています」と記している[10]。

このあと伊藤は1936年2月に東京帝国大学経済学部助教授の土屋喬雄の研究室で、日本の農業経済史の研究に携わった[5]。この年の7月に最初の結婚。秋、一高同期生の兄で活動家だった長谷川浩と知り合い、翌1937年8月に長谷川と伊藤は共産党の再建活動に入った。二人は人民戦線戦術を採用して、街頭ではなく職場を中心とした活動をおこなう方針を決めた[11]。伊藤は工場などに組織を作る活動をおこなうが、その過程で世田谷区池尻で活動していた文芸サークル「街」に接触した。これはこのサークルに工場労働者が多くいたためで、文芸サークルから労働者組織への転換を指導した[12]。9月、「街」のリーダーだった青柳喜久代(1914年 - 1968年、戦後中野区議会議員)から青柳の叔母(母の妹)に当たる北林トモを「アメリカ帰りのおばさん」として紹介され、名前を知らないまま二度会っている。伊藤は長谷川と相談し、北林は言動などから諜報組織に所属しているかもしれず、運動にマイナスになるという理由で手を切った[13]。

1938年、全国購買組合東京支所に就職し、全国の農村調査をおこなった。土屋喬雄の下での研究と合わせて養われた伊藤の農業への造詣は、のちの経歴に生かされることになる。1939年8月に南満州鉄道に入社。東京支社調査室嘱託となり、前職の経歴を買われて農村事情の調査をおこない、社内誌に論文を発表している。しかし、以前に伊藤がオルグした東京商大のOB・学生による社会主義運動のグループが摘発され、彼らと面識のあった伊藤も同年11月11日に再度検挙を受けることとなった。この検挙は特高の宮下弘が放ったスパイによるものだった[14]。

終戦まで[編集]

検挙された伊藤は商大グループとの関係を否定し続けたまま年を越し、その間に肺浸潤に罹患した。だが、1940年6月に拷問とともに「本筋を言え!長谷川らはどうした」と迫られ、他の仲間にも検挙の手が及んだことを悟り、供述に応じることとなった[15]。同時期に検挙された「街」グループについても尋問を受けたが、すでにこのグループが1937年11月に一度検挙後、不起訴で釈放されていたため「供述は気楽であった」と後年回想している[16]。伊藤は彼らから紹介されたのは誰かという訊問の中で、青柳喜久代から「アメリカ帰りのおばさん」を紹介されて二度会ったと気軽に供述したという[16]。警察に提出する手記を書いた後の8月、警察医の診断により、「長谷川の取り調べが終わるまで」という条件で拘留一時停止となり、9月末に満鉄に復職する。伊藤は以前に執筆した論文で同じ満鉄調査室嘱託だった尾崎秀実から評価を得ていたが、復職後は出身地が近いこともあって家族ぐるみでの親交を深めることになった。12月、すでに内縁の関係にあった松本キミとの婚姻届を出す[17]。伊藤は満鉄の社内誌に農業問題に関する論文を相次いで発表した。

1941年9月29日、久松警察署に身柄を拘束される。これは長谷川浩らの調査が終了して書類送検の段階に達したためで、上記の通り予定されていたものだった[18]。送検調書を取られ、通常なら起訴・拘置所に送致となるはずが、1ヶ月近く留め置かれる。伊藤の回想では、10月18日(尾崎秀実はその数日前にゾルゲ事件の容疑で逮捕されていた)に特高の刑事から「おまえはソ連のスパイではないか、よくもだましたな」と拷問を受け、そこで初めて尾崎秀実の逮捕容疑を知らされる[19]。その2日後、刑事から「アメリカ帰りのおばさん」の名前が北林トモであること、北林が宮城与徳と連絡があり、宮城から尾崎秀実やリヒャルト・ゾルゲの名前が出たことを知らされ、尾崎秀実や北林との関係についての補足手記を書くように求められた[19]。伊藤にとって隠すことではなかったためその事実を記したところ、特高側から「(前年に書いた本文と)手記の日付がバラバラでは具合が悪いので、本文同様に1940年7月末に統一しておけ」と言われる。伊藤はスパイ容疑による尾崎秀実の逮捕という事態に動揺していたため、これに従ったという[19]。

1942年6月4日に予審が終了し、東京地裁の公判に回される。6月28日、約9ヶ月ぶりに保釈された。12月に一審判決(懲役4年、未決通算260日)を受けたが、下獄をできるだけのばすため長谷川とともに上告し、1943年11月に再審判決で懲役3年未決通算260日となる。懲役が1年短くなったのは、1審判事のミスで「執行猶予中の再犯」と認定されていたものが、実は僅かな差で執行猶予期間外であったことが判明したためである[20]。同年12月から巣鴨拘置所に服役し、翌年春に豊多摩刑務所に移されて終戦を迎える。この間、1943年8月1日には公判被告にもかかわらず召集令状が届き、取り消しとなる珍事もあった[21]。巣鴨時代には死刑判決を受けた尾崎秀実ともわずかながら話をする機会があったが、そのやせ衰えた姿に胸を痛めたという[22]。伊藤は入獄前に尾崎秀実の家族に見舞いを送るなど、厳しい情勢の中でも親交を続けていた[21]。一方、拘置所・刑務所内では図書夫雑役という仕事に就き、他の思想犯の収監者には「管理者側に立っている」と批判的な目で見る者もいた。このことが戦後、伊藤の人物評価に不利な状況を生んだという指摘が石堂清倫や渡部富哉からなされている[23]。

共産党幹部から潜行へ[編集]

1945年8月26日に仮出獄。これは政治犯のうち、刑期が近く終わるような者から少しずつ釈放していたことによる[24]。10月4日にGHQの「人権指令」によって政治犯が全面的に釈放され、共産党再建の動きが始まるといち早く入党した[25]。伊藤は得意の農民運動を中心に活動し、その状況を書記長の徳田球一に報告していた。1946年2月の第五回党大会で、党中央委員・書記局員に、5月には政治局員に就任する。1946年の第22回衆議院議員総選挙と1947年の第23回衆議院議員総選挙に東京7区から立候補するが、いずれも落選した。伊藤は徳田の片腕として党の重職を担った。

1949年2月、アメリカ陸軍省はゾルゲ事件に関する報告(コーネル報告、またウィロビー報告とも)を発表し、日本の新聞にも転載された。この中で「伊藤が北林トモの名を供述したことが事件発覚の発端である」という説が唱えられた。このとき共産党側は志賀義雄が「この噂については1946年3月に厳密に調査をすすめた結果、当時の特高が謀略と行賞のためにおこなった作文で、北林と伊藤には組織上の連絡はない」という趣旨の談話を発表している[26]。

1950年、コミンフォルムの批判により党が分裂状態になると、徳田に近かった伊藤は所感派に属した。伊藤は対立する国際派の非難にさらされた[27]。当時の伊藤にはウィロビー報告での「告発」に加え、戦時中に亡命や非転向での闘争経験なく幹部となったことへの羨望や嫉妬、さらに女性問題など、攻撃の材料には事欠かなかったためである[28]。所感派内部にも伊藤をスパイとみる者がいた。

6月にGHQの公職追放と7月に団体等規正令の出頭命令を拒否したことにより政府から逮捕状が出されたことを機に地下に潜行した。同年10月に徳田球一が中華人民共和国に去って「北京機関」を組織した後、徳田が全体方針立案、国内は志田重男・椎野悦朗と伊藤の三者合意を中心とした指導体制となる。このときすでに徳田は「安静にして余命4年」という状況(幹部以外には秘匿された)で、ほどなく徳田の後継をめぐる争いに伊藤も巻き込まれることとなった[29]。

この間日本国内では死亡説、米国亡命説など諸説が流れ、朝日新聞が「山中で伊藤と接触した」という架空の記事を載せた事件(伊藤律会見報道事件)[30]が起きたのはこの年9月のことである。

1951年には北京機関内部での対立が波及し、7月には徳田の自己批判に続いて伊藤も自己批判をおこなう。伊藤は後年、志田重男とその側近からはあからさまな批判や妨害を受けたと長谷川浩への手紙で述べている[31]。武装闘争路線の新綱領を採択した10月の第5回全国協議会でも伊藤は非難された。このあと、中国に密航し徳田、野坂参三、西沢隆二らのいた北京機関に合流する。この中国行きは表向きは「徳田からの招請」として伝えられた。伊藤は党内情勢から、行けば逮捕・投獄される懸念も抱いたが、最後は党を信じる形で同意した[32]。「人民艦隊」と呼ばれた漁船で日本海を渡った伊藤は11月に北京に到着し、翌1952年5月1日より開始された日本向けの地下放送・自由日本放送の指導にあたった。中国では「顧青」という中国名を名乗った。

中国での共産党除名と投獄[編集]

伊藤の回想によると、北京機関では国際派への妥協を唱える野坂・西沢と徳田の間に溝ができており、さらに中国共産党の内部問題も絡んで複雑な状況となっていた[33]。1952年になると徳田の病状は悪化、9月末からは入院し、やがて意識不明となった。12月、伊藤が懸念していた通り、野坂参三は「スターリンの指令」という名目で隔離審査の対象とすることを伊藤に告げ、伊藤は軟禁された[34]。1953年10月に徳田は死去。この間、西沢と野坂によって伊藤を「スパイ」として除名する決定がなされた。この決定は帰国した藤井冠次(元NHK報道部員・放送単一労組書記長で自由日本放送に従事)によって日本に伝えられ、9月15日付の「アカハタ」に伊藤の処分に関する中央委員声明が掲載された。伊藤はその3ヶ月後に北京でこの「アカハタ」を見せられる。伊藤はその内容を否認し、決定を拒絶したが、監獄に身柄を移された[35]。

隔離審査以後、野坂ら党の幹部は伊藤に「スパイ」と認めれば復帰させると迫ったが、伊藤はこれに応じなかった[35]。1955年7月、日本共産党は第6回全国協議会で伊藤の除名を再確認し、9月15日の「アカハタ」に「伊藤律について」と題する中央委員会幹部会の発表を掲載した。ここでも伊藤はスパイとしての罪状を列挙されたが、その内容は2年前の中央委員声明とは大きく異なっていた。1953年の声明では主に戦後の党指導が列挙され、ゾルゲ事件などには全く触れていなかったのに対し、この発表ではゾルゲ事件の内容が中心となり、横浜事件にも関与したなど、大部分が終戦前のものとなっていた。これについて、渡部富哉は「実際のところは日中両党の間を割いたということが理由になっていた」という関係者の証言も踏まえ、処分を決めて後から口実をつけたと推論している[36]。日本共産党の幹部は1955年の袴田里見を最後に伊藤に面会に来なくなった。1958年の第7回党大会でも伊藤の除名が改めて確認された。伊藤は1959年に野坂ら日本共産党の代表団が訪中した際に面会を申し込んだが、拒否された[37]。1955年以後消息不明となり、野坂らが死亡説を流したこともあって定着した[38]。1970年6月に日本の公安調査庁は中国からの情報により、伊藤に関する情報収集を打ち切った[39]。伊藤は1960年に秦城監獄に移送され、文化大革命中は軍隊の占領下で迫害を受けた。この間、伊藤は健康を悪化させ、右目と右耳がまったくきかなくなり、腎不全に罹患した。

伊藤の投獄について、中国の関係者は「伊藤を隔離審査するという日本共産党の依頼に基づいておこなったもので、中国共産党は関与していない」としており、伊藤もそのような説明を受けている。伊藤は獄中にいる間、ずっと「三号」と呼ばれており、中国側から被疑者・被告人として名前を呼ばれることも罪名を告げられたり裁判にかけられることもなかった。これに対して日本共産党側は、伊藤の帰国直後に野坂参三が「除名した伊藤の身柄を中国側に引き渡しただけで投獄には関知していない」と主張。野坂が除名となったのち、北京機関が存在した当時に日本との窓口を務めた趙安博が1998年の回想で「野坂や袴田から伊藤を殺すよう依頼された」と明らかにした際には機関誌『前衛』において「除名後の伊藤の状況を知っていたのは野坂と袴田だけで、二人はそれを党に隠していた」という理由で「党は関知しなかった」としており[40]、現在も関与を認めていない。

帰国と晩年[編集]

文化大革命終了後の1979年、中国は喬石の決断で伊藤の釈放を決定し、12月に伊藤は病院に移された。翌1980年3月に退院後、6月には妻へ手紙を送った。7月31日に時事通信が伊藤の健在を伝え、8月23日、中国政府は伊藤が中国で生存していることを公式に発表した。9月3日に伊藤は29年ぶりに帰国した。帰国時は伊藤は67歳で車椅子に乗っていた。

日本政府は帰国した伊藤の刑事訴追について「1950年7月に団体等規正令に基づく出頭命令に応じなかったことにより団体等規正令違反容疑で逮捕状が発せられていたが、1952年の平和条約発効後に犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当たるとする最高裁判例[41]が確立しているため、団体等規正令違反容疑で処罰できない。また、法律の定める手続を経ないで出国していることが認められるが、出入国管理令は1951年11月1日に施行をされており、それ以前は連合国最高司令官覚書や昭和25年政令第325号が密出国を規制していたが、1951年12月1日に廃止されているため、1951年10月31日以前の密出国は犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当たり処罰できない。そのため、1951年11月1日以降の密出国であれば処罰できるが、1951年10月31日以前の密出国では処罰できず、伊藤の密出国が1951年11月1日以降という証拠がないため処罰できない」と答弁し[42]、刑事訴追は行われなかった。

帰国後、かつての同志だった小松雄一郎に「獄中27年の記録」を語り、これをもとに朝日新聞は1980年12月に山本博記者による「故国の土を踏みて」という証言録を掲載した。さらにこれに加筆したものが『週刊朝日』にも連載されて『伊藤律の証言』として出版された(ただし伊藤自身はその公表の過程を納得せず認めなかった)[43]。こうした伊藤側の発言に対し、日本共産党は生存が伝えられた直後から「1955年の除名処分は正しく、伊藤はスパイである」という従来からの主張を「しんぶん赤旗」などで繰り返したが、その証拠については明示しなかった。

帰国後、伊藤は自らが不在の間に尾崎秀樹や川合貞吉によって広められた「ゾルゲ事件発覚の発端・警察のスパイ」という言説を目にして彼らへの憤りを覚えた[44]。当時の書簡では尾崎秀樹を「伊藤をスパイにせねば飯が食えず、せっかく売り出した面子がなくなる作家が今でも何人かいる。その大なる者が秀樹です」「尾崎(秀実)さんに対する私の心境や評価を秀樹君に語ってもムダです。わかる筈のない人で、ただ原稿稼ぎのネタにされるだけ」と痛烈に批判している[45]。

伊藤の除名処分を日本に伝えた藤井冠次は、伊藤の帰国直後に『伊藤律と北京・徳田機関』(三一書房)という北京機関の内幕を「暴露」した本を刊行した。しかし、この本の多くの部分は野坂参三からの聞き取りや自らの伝聞に基づく内容をさも自らが直接体験した事実であるかのように記したものであった[46]。生存・帰国の事実を知り、自らは処分の決定者ではないが「一部始終に立ち会った証人として」伊藤の処分が不当・過酷で納得できないと思うようになり、自分も加害者になるのではないかという悩みにとらわれて病に倒れた[47]。藤井は、伊藤の生還を知りながら弁明を聞かずに本を出したことも含めた反省の書簡を伊藤に送り、その後伊藤との間で手紙が交わされた。伊藤は藤井の本について「本人の弁明を無視したのは、ジャーナリズムの初歩原則にも反する」「本人の弁明・反論を許さない(党の)細胞会議の話は事実でも話自体の証拠能力は不十分」と批判する一方、藤井個人は「党中央の命に忠実に動いただけで自責の念にかられるには及ばない」とし、「西沢隆二の話をその通り伝え、今も信じている貴兄に勿論責任はなく、その犠牲者・被害者です。私は貴兄に同情を禁じ得ない」とその立場を思いやった[48]。藤井はその後、『伊藤律と北京・徳田機関』が野坂参三の謀略にのせられたことへの謝罪と訂正の意を込め、北京での真実を綴った『遠い稲妻 伊藤律事件』(驢馬出版、1986年)を限定版で出版した[49]。

伊藤は『徳田球一全集』(五月書房、1985年 - 1986年)の編集にも協力し、第四巻では志賀義雄に代わって解説文を書いた[50]。1981年からは自らの手で中国時代の回想録を執筆した(死後の1993年、『文藝春秋』に「日本のユダと呼ばれた男」として3回に分けて掲載後、『伊藤律回想録』として刊行)。1988年にはゾルゲ事件と自らとの関わりを記した「ゾルゲ事件について」を記している(没後、『偽りの烙印』に掲載)。社会への関心は失わず、高尾山への首都圏中央連絡自動車道建設反対運動にも参加していた[51]。1989年8月7日、腎不全のため死去(76歳)。亡くなる4日前には見舞客に対し「中国の民主化運動をどう思うか」と語っていたという[52]。

「ゾルゲ事件発覚の端緒」説について[編集]

戦後の長期間にわたって「1940年7月に伊藤が警察の取調べにおいて北林トモの名前を明かしたことから北林が逮捕され、その北林の供述によって宮城与徳が検挙されてゾルゲ事件の発覚につながった」という説が唱えられ、一時は定説化していた。

この説が最初に出てくるのは1942年8月の『特高月報』である[53]。この号には同年5月に報道機関に公表されたゾルゲ事件についての報告が掲載されたが、その中に上記の経緯が記された。しかし、『特高月報』は特高内部でも限られた者しか見ることができない内部文書で、この時点ではこの説は広く伝えられたわけではない[54]。だが、その情報は刑事・司法関係者から少しずつ事件関係者に伝わっていた。横浜事件の際に訊問を受けた風見章は検事から「伊藤が尾崎を売った」といった話を聞かされており、伊藤が収監前に風見に会ったときには「本当に尾崎を売ったのか」と詰問されたと回想している[55]。なお、当時の情勢であれば格好の共産党攻撃の材料となるはずのこの説が事件公表時に明らかにされなかった点について、伊藤が近く保釈となって過去の新聞を目にすることを特高は考慮したのではないかと渡部富哉は推論している[56]。

終戦後の1945年10月に、日本共産党の関係者が戦時中に押収された文書や党関係の資料を警視庁から持ち出した際、伊藤を取り調べた特高刑事の伊藤猛虎について、ゾルゲ事件検挙による内務大臣功労賞授与を諮った稟議書が含まれており、その中に「伊藤律に(発覚の)発端となる供述をなさしめたことをもって褒賞を申請する」という一節があった[57]。これを受けて共産党がおこなった調査が1951年の志賀義雄談話の内容にあたる。つまり、この時点では共産党は伊藤と事件の関係を否定していた。

赤狩りの中で1951年にウィロビー報告が発表される。このときも共産党は志賀談話によって否定し、幹部が北京に渡った後も徳田は訪ソの際にソ連共産党に経緯を説明して、伊藤には問題がないことで了解を得ていた[58]。しかし、共産党が徳田の死後に、ゾルゲ事件を主な罪状として伊藤を除名したことでこれを否定する者がほとんどいなくなった。のちには、上記の特高の功労賞稟議書には伊藤が自筆した供述書も添付されていたという話も加えられた。

一方、日本では尾崎秀実の異母弟である尾崎秀樹や、事件で実刑を受けた川合貞吉らが1948年に「ゾルゲ事件真相究明会」を発足させる。川合は伊藤が発覚の端緒であることを支持し、それを補強する証言をおこなった。「事件の当事者」である川合の発言はそれなりの重みを持って受け止められ、尾崎秀樹も特高警察資料やウィロビー報告と川合の証言に依拠する形で伊藤を「ユダ」として告発する研究書を刊行した。1960年代に『日本の黒い霧』で事件を取り上げた松本清張もこの説を採用し、伊藤不在の状態で「定説」化していった。尾崎秀樹は伊藤の帰国後もその態度を変えなかった。

1978年、東京大学助教授だった伊藤隆が、伊藤を取り調べた元特高警察の宮下弘にインタビューをおこない、「最初の逮捕時に伊藤は共産党員であることも認めようとはせず、転向を口にはしたが本気には見えなかった。スパイではない。釈放後にも会ったが特に情報はくれなかった」「2度目の逮捕の際に偽装転向で赦免させる腹で、『知り合いの女性がアメリカの手先だ』という言質を得た。結果的にその女性(北林トモ)がアメリカ共産党とつながりがあることがわかったが、伊藤はゾルゲ事件に関係していないと思う」という証言を得たことが報じられたが[59]、定説を覆すには至らなかった。

伊藤の没後に、晩年の伊藤が執筆した手記を読んだ渡部富哉は、1990年代初めに事実関係の確認をおこなった。その結果、次のような点が明らかになった。
『特高月報』で「伊藤の供述」に触れた箇所では「某女(北林トモ、五十六歳)」と、その時点で供述したとすれば不自然な記載(あえて「某女」とする必要がない、1940年当時の北林の年齢(数え年)より1歳多い)がなされている[60]。
当時特高課長だった中村絹次郎(山村八郎)は、戦後の著書『ソ連はすべてを知っていた』(紅林社、1946年)で「伊藤の供述から渋谷にあった北林の自宅を監視し、交番の巡査を装って接触した」と記しているが、北林は1939年12月には夫の郷里である和歌山県粉河町(現・紀の川市)に転居しており、「1940年7月に伊藤が供述した」あとに渋谷の家で北林を監視・接触することは不可能である[61]。
警視庁の特高からの依頼により、粉河で北林夫妻の監視に当たった和歌山県警特高の刑事は、監視を始めたのは「1940年初春から」であると証言した[62]。
事件を担当した検事の玉沢光三郎や、特高関係者の情報を得た山本勝之助は「北林の名前は青柳喜久代の供述によって出てきた」と記している[63]。事件担当検事の吉河光貞も戦後これを認める発言をし、思想部次長検事だった井本台吉は座談会で「伊藤律なんか殆ど関係ないよ。あれを伊藤律が全部ばらしたようにしちゃったんだね」と述べている[64]。
1945年に伊藤猛虎の功労賞稟議書を回収した関係者で現存していた人物は、いずれも稟議書に伊藤の供述書はついていなかったと証言した[65]。また伊藤猛虎はゾルゲ事件で功労賞を受けていない[66]。

これにより、「伊藤の供述」以前に警察が北林トモの監視をおこなっていたこと、北林の名前は伊藤以前に警察に伝わっていたことが明らかになった。伊藤猛虎の稟議書が賞を受けるための作文で、自筆供述書もなかった可能性が高まった。

渡部はさらに、尾崎秀樹や川合貞吉、松本清張らが「伊藤が警察のスパイである傍証」として挙げた点についても検証した。
「伊藤は北林から東京で特徴を持った立地の家探しを頼まれ、そのことを警察に供述した」
→北林は伊藤と接触する以前から渋谷に住んでおり、尾崎秀樹らが書いているような立地条件とも合致しない[67]。「尾崎秀実の家で家政婦が交代することになった際、密偵として家政婦を紹介しようとした」
→川合貞吉の証言通りなら時期は1941年8月以降だが、特高側ではすでに検挙の準備が進み、伊藤は再拘留が目前の時期である。家政婦が交代した話も裏付けられない[68]。「1941年の伊藤の拘留が北林逮捕の翌日なのは偶然とは思えない」
→上記の通り伊藤が再度拘留されることは事前に決まっていた。むしろ特高側が北林の逮捕を作為的に伊藤の拘留日近くに設定した疑いがある[69]。
渡部はこれらを総合して、「伊藤の供述が端緒である」という説は特高側が事件の発覚経緯を隠すために作為的に仕組んだ「罠」であると結論付けた。また、尾崎秀樹の著書では青木喜久代や北林に関する事実検証がずさんであることや、明確な根拠を示さずに伊藤を「スパイ」と決めつけている記述が散見されることを指摘し、「何の根拠も裏づけもない、妄想の所産といってもいいほどのもの」と強く非難した。同じ親族でも、尾崎秀実の妻は伊藤が共産党を除名された後も伊藤端緒説やスパイ説に同意せず、尾崎秀樹とは対立した立場にいた[70]。

渡部は1992年に尾崎秀樹と公開討論をおこない、自身を含む有志で結成した「伊藤律の名誉回復を求める会」が「伊藤スパイ説」の撤回を申し入れたりしたが、尾崎秀樹は亡くなるまでこれに応じなかった。

その後、加藤哲郎が新たに公開されたアメリカ陸軍諜報部の日本関係文書を2007年に調査した結果、川合貞吉は戦後エージェントとしてウィロビーが率いるGHQ参謀第二部(G2)からゾルゲ事件や共産党の情報提供に対する報酬を受け取っていたことや、ゾルゲ事件を反共宣伝の材料とするウィロビーの意に沿って、共産党幹部だった伊藤を「事件発覚の端緒」とする証言をおこなっていたことが明らかになり、川合の証言に対する信憑性は著しく低下した[71]。文書資料の中で、川合は警護のために接触した警視総監の田中栄一に対して「伊藤律は共産党の裏切り者で、尾崎の絞首刑に責任があり、自分は伊藤律の破滅のために働きたい」と述べたり、共産党や「尾崎・ゾルゲ事件真相究明会」や共産党の「内情」を伊藤をおとしめる形で伝えたと記され、川合が個人的動機で伊藤を誣告していたことも明らかになった[72]。

また、ゾルゲの活動当時モスクワの参謀本部諜報局極東課で暗号電文の翻訳を担当したM.I.シロトキンは戦後の1964年に記した回想録で「伊藤律は『ラムゼイ』(ゾルゲのコードネーム)の諜報網と、何の関係も持っていなかった」と証言している[73]。

これらにより、現在では「ゾルゲ事件発覚の端緒は伊藤の供述だった」という説を支持する見解は、日本の事件研究者の間ではほぼ見られなくなっている。

2013年、伊藤の遺族および渡部富哉が代表を務める「伊藤律の名誉回復する会」が文藝春秋に対して、伊藤をスパイとして記述した松本清張の『日本の黒い霧』の該当話数の出版取りやめを求めていることが報じられた[74][75]。これを受けて文藝春秋は、『日本の黒い霧』の該当話数に伊藤の証言の引用とスパイ説を否定する文献への参照を促す注釈を、編集部の文責で入れることを決めた[76]。伊藤の遺族は伊藤の帰国当時に日本共産党の党籍があったためにこの件について公に発言できなかったが、党を退いたことで申し入れが可能になったという背景もあった[77]。

参考文献[編集]
伊藤律『伊藤律回想録―北京幽閉二七年』文藝春秋社、1993年
伊藤律書簡集刊行委員会『生還者の証言―伊藤律書簡集』五月書房、1999年
加藤哲郎『ゾルゲ事件 覆された神話』平凡社〈平凡社新書〉、2014年
藤井冠次『遠い稲妻 伊藤律事件』驢馬出版、1986年
藤井冠次『挽歌 昭和暗黒事件』驢馬出版、1991年
渡部富哉『偽りの烙印―伊藤律・スパイ説の崩壊』五月書房、1993年(1998年に新装版刊行)

その他の文献[編集]

以下の書籍は表題に伊藤の名を含むが、内容の信憑性について問題があるため、取り扱いには注意が必要である。
西野辰吉『伊藤律伝説 昭和史に消えた男』彩流社、1990年 藤井冠次からの伝聞に基づく虚偽の内容が含まれていると指摘されている(『生還者の証言』p96)。

藤井冠次『伊藤律と北京・徳田機関』三一書房、1980年




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 22:38Comments(0)

自Twitterメモ11

2018年04月21日

@amamikyo77
3月25日
その他
いろんな心霊本を読んできた結果、
分かったことは、
「死んだあとも人格は変わらない」
これだけは事実らしい。
そしてもう一つ。
「死んだあと自分の霊意識は確実に子孫に影響を及ぼす」
直系がいなければ姪甥やさらに遠い親戚に行きます。
これも事実。





@amamikyo77
3月25日
その他
あと、重要な事実として
「生きてる時に人の説得を聞けない人間は死んだあとはもっと聞かない」
だから、様々な宗教で素直さが美徳とされてるのはその通り。

以上の事実から観て、
自分が今の性格のまま死んだら、
子孫や地域にどんな影響を与えるかを、
真剣に考えることは、
決して無駄ではない。





@amamikyo77
3月25日
その他
では、自分の性格とはなんであるかと言うと、
ほとんどの人は無自覚だけれども、
実は自分が自覚している性格は、その一部でしかない。

本当の性格とは、
「普段自分が多くの時間を割いて興味関心を持つ方向」と
「今まで自分が関わってきた分野」そのもの。






@amamikyo77
3月25日
その他
辻講師が、10年重度のリウマチだった信者さんと面談して、
その信者さんの傾向性をつきとめたエピソードが役に立つと思う。

・支部に行く時間は週1。病院に行く時間週3(治らないのに通ってる)
・病院の患者さんとの話題は主に芸能人のゴシップネタと互いの病気話
・真理の書籍はあまり読まない




@amamikyo77
3月25日
その他
上記事実が何を現すかと言うと、

『その人が長く時間を割いて触れている情報や興味関心の分野が、
その人の霊的同通先』

という事実だ。

辻講師のアドバイスはまことに的確で
「関わる情報の配分を逆にしろ」
と伝えたという。

そして祈願を受けても治らなかった10年のリウマチは半年で完治した。






@amamikyo77
3月25日
その他
この事実は非常に大事な霊的事実を示している。

自分が普段から興味関心を向けるモノが
神仏の方向から真逆である割合が大きい場合
結果的に祈願の光を拒否している

という事実だ。
つまり、興味関心の対象そのものが、
霊的実態の自分自身であると言ってよい。

ただし、ここで付け加える事がある





@amamikyo77
3月25日
その他
それは、

『興味関心の熱量や、対象に関わる時間を増やすことで、
人はいつでも霊的実態である自分自身を変えることができる』

という事実だ。

10年リウマチが治らなかった信者さんが、
病院よりも真理に触れる時間を圧倒的に増やしたことで、
半年で完治したのは、その証左だろう。






@amamikyo77
3月25日
その他
この事実から伺えるのは、

「優れた賢人(辻講師みたいな)に客観的意見をもらう事と、
それを素直に聞く事の重要性」

「自分を変えることはいつでもできる、
ただし、結果が出るには3ヶ月から半年はかかる、
その間、信じて待つ」

ということの大切さだ。








@amamikyo77
3月25日
その他
信仰とは、
同時に同じ信仰を持つ仲間への信頼であり、
また、「善き方向に向かおうとする自分を信じて結果を焦らず待つ」
という事でもあろうかと思う。

その姿勢があれば、
人はいつでも心を浮上させられるし、
心を浄化できる






@amamikyo77
3月25日
その他
この意味において

「貴人・賢人を信頼する」
「貴人・賢人のアドバイスに従って自分を立て直す」

は、死後の自分のためにも大変重要。









@amamikyo77
3月25日
その他
自分にオバケが憑いてるかどうかのチェック基準はまことに簡単で、

「人や組織の欠点がありありと見え、
他人に対しての不平不満や裁き心が強く、
相手の不正や歪み矛盾を正したい気持ちが強くなる」

時が、自分に悪霊が憑いている時と言って良い。
何故ならこの状態は
自分の非は棚上げでできる






@amamikyo77
3月25日
その他
だから、告発を聞いた時は、まず告発者の素性や経緯を詳細に観た方が良い。
それが客観性に耐えうるものでなければ、どこかに被害者意識による暴走がある。

実は警察や精神病院においては、被害妄想による告発は珍しくはない。







@amamikyo77
3月25日
その他
だから、自分の中で許せない相手や許せない過去がある場合にも、
自分の被害者意識から一度離れて、
客観的検証をかけるべき。

客観的検証は、ほとんどの場合、
「本人の落ち度」
「本人が招いた部分」
をも教えてくれる。
これを逃げずに直視することが、本人のトラウマの克服にもつながる。






@amamikyo77
3月25日
その他
そして重要なことは、

「過去の出来事を克服する一番の方法は、
過去への裁きに向ける時間と熱量よりも、
現在の自分を充実させる時間と熱量を多くとること」

どのような宗教や自己啓発系であっても、ここが最も重要。





@amamikyo77
3月25日
その他
では、
「過去のトラウマからいつまでも離れられない人はどうするべきか」

ここについては、複数の要因が考えられる。

一つには、悪霊憑依。
一つには、仲間の不足。
一つには、問題からの回避。(自分に都合の悪い事実から逃げるためにトラウマのせいにしている)
一つには、智慧の不足。







@amamikyo77
3月25日
その他
だから、重要な部分として

「自分は何から逃げているのか」

を知ること。
そして

「孤立しない」

ここが重要。
仲間は作ろうと思えばいつでも作れる。
そして

「アドバイスをもらう」
「仲間を信じる」






@amamikyo77
3月25日
その他
さっきマッサージでお客様から落としたオバケがこっちにきた。
お客様に移らないうちにお客様に帰ってもらい、
その後、ずっとお祈りをして、幸福の科学霊団にオバケを引き取っていただいた。
こういう時ご本尊があると本当にありがたいです。
ないとマジで困る。
最終手段は奄美の神様ヘルプ要請。






@amamikyo77
3月25日
その他
え?はじめから奄美の神様に頼ればいいじゃんて?

下手に頼ると
「お前の主(あるじ)に頼れ」と、
にべもなく一蹴されます・・・・orz

自分でどうにもならない時は秒速でなんとかしてくださいます。






@amamikyo77
3月25日
その他
施術後、お客様とお茶していると、
部屋の中にいたヤバイのが、私のところに来た。
(お客様から落としたヤツ)

一応、お客様には戻らないようにお客様に心の中でファイトしておいた。
すると、私に対して攻撃してきた(笑)

するとお客様、

「野崎さん、大丈夫ですか?なんか目が・・・」







@amamikyo77
3月25日
その他

「あ、バレちゃいました?
実はさっきあなたから取ったのが今こっちに来てます」

お客様
「やっぱり!野崎さんがお部屋のある一点を見てから、
なんか目にきはじめてたから、もしかしてって・・」


「すみません、できればこっちに付けてる間に帰って頂けませんか?」

お客様
「すぐ出ます!」






@amamikyo77
3月25日
その他
こんな事はときどーきあるんですが、
霊感あるお客様で助かってます。
分かんない人に対してこんな話しても頭おかしいヤツにしか思われないしね。

ちなみに今日のお客様は常連さんで霊感バリバリの方でした。





@amamikyo77
3月25日
その他
いまキタめも。

『あなたが信頼する人は、
あなたの心の師。
その人を信じて、
自分を向上させて下さい
あなたの師はあなただけの大切な絆です』







@amamikyo77
3月25日
その他
私は福島原発事故の直後から、
放射能被害への過剰な恐怖心が
福島差別に繋がる危険性と、
その類似として水俣差別をあげて
ネットで警鐘を鳴らしたけれども
それを一部の東北の人から
「お前に何が分かる!」と封殺された。

しかし7年経って、
それが事実であることが分かった。
その7年は悲しい。






@amamikyo77
3月25日
その他
過度な被害者意識は悪霊・悪魔に通じるというのを、
自分の極論だと思ってたら、
すでに総裁先生が指摘されてたと知った30秒前。
やっぱ総裁先生すげぇ・・・・・





@amamikyo77
3月25日
その他
(以下転載)

みなさんの周りに、
いつも、体調不良や不運、事故、貧乏・家庭不和などの
霊障(障害)を引き起こしている人はいませんか。

いつも、だれかのささやく声が聞こえたり、
手や、足がかってに動くなどの悪霊現象を放置しておけば
完全に悪霊の操り人形になってしまうことがあります。





@amamikyo77
3月25日
その他
そうした霊現象に対しては、完全 に無視し、
自分の主体的意志を強固に打ち立てることが大切なのです。
悪霊たちは話し相手を求めており、相手をしてくれない人からは
遠ざかっていきます。

では、霊障になりやすい人はどんな人なんでしょう。

基本的に、被害妄想の人が多いんです。






@amamikyo77
3月25日
その他
「自分は、いつも、いじめられている。被害を受けている。
損をしてる」と思うのです。 
その被害妄想とセットになっているが、「あの人が悪い」
「周りが悪い」と、他の人のせいにする心です。

簡単な霊障を取ろうとするのなら、まず身体を調えることから
始めるのが良いのです。






@amamikyo77
3月25日
その他
呼吸をして新鮮な酸素を取り込んで、
血液を身体中にぐるっとゆっくりめぐらせていくと、身体全体から、
不調和な波長が次第に取り除かれていきます。

「心の挑戦」より







@amamikyo77
3月25日
その他
心霊漫画の『霊能者・斎(いつき)』シリーズはオススメ。
かなり霊的にリアルな実態が分かります。
それまで熱心に崇拝してた神様を、ないがしろにしたらどうなるかもリアルに分かります。(稲荷の話)

あと、
『霊験修法曼荼羅』もオススメ。
神々との関わり方、祈りや布施の重要性が分かります。





  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 10:36Comments(0)つぶやき

ぽえむん「満たしうる海」

2018年04月20日


人も人の世も

繰り返し繰り返しつつ

一つとて同じもの無し

互い違うさざなみが

寄せては返り

満ちると引くとを繰り返し

重なりの中に

幾つものわだつみ

思いを託して

叶えられぬ心預けて

明日の陽を

昇らしめんと

祈りし





目覚め

気づき

学び

悔い

改め

新しき陽に

新しき願いを

一日のはじめ

新たなる生

時を刻む

さざなみの比礼









多くの命

生かしめて

多くの時を

奏で知らせ

多くの不浄

引き受け

終わりの陽

静かなる赤

一日の

生の終わりを

慰める








この海

この海

すべて満たし

我 問わば

波がこたえる

何をか憂う事ありや

憂いはこの身にあずけよと










この海

母(あま)なる海

この海

この奄美島












  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 19:39Comments(0)ぽえむん

【消印静岡】奄美拠点野崎梨乃宛にお手紙くださった方へ

2018年04月15日

一般の方から、奄美拠点にお手紙を二通いただきました。

助けてくださいと書かれていたものの、ご連絡先が一切明記されておられませんので、

こちらでのご返信とさせていただきます。ご理解ください。









いただいたお手紙を読ませていただきました。

要約すると


・『宇宙の兄弟たちへ@スピリチュアルブログ』の洪正幸さんから何度もメールが来て困っている

・アマミさんからなんとかしてほしい


という内容ですが、

率直にお答えいたします。



あなた様にメールをされているのは、洪正幸さんではありません。

なぜなら、洪さんは宮古島の方ではないからです。

(あなた様は、お手紙の中で洪さんのことを『宮古島で畑を持ってる方』と書かれていますね)

私は去年洪さんご本人にお会いさせていただきましたが、洪さんは沖縄本島在住です。

あなた様にしつこくメールをしているらしい方は、洪さんを騙る別人である可能性が非常に高いと思います。

ここで、あなた様にお伝えしたいのは、


一刻も早くご家族にご相談をされてください。

そして、できましたら、連絡先をキチンと明記されて、もう一度私にお手紙をください。

その時は、できましたらメールのお写真の画像までいただけましたらありがたく思います。

私は洪さんと過去数度かやりとりをさせていただいていますが、

洪さんのメルアドが私の知ってるものではない場合、それは洪さんではない可能性が大です。

また、あなた様が頼っている霊能者さんのお名前も教えてください。







率直に申し上げますと、

私はこのお手紙を三人の方に読んでいただきました。

三人とも、お答えは

「お手紙の内容が非常に混乱していて、正常な状態であると思えない」

とのことでした。



私も同意見です。



おそらくあなた様は、本当にお困りでいらっしゃると思います。

ただし、あなた様がお手紙に綴られていることが、本当かどうか、それを確認する手立てが私にはなく、

さらに洪さんの個人情報が間違っていて、

さらに、私からあなた様への連絡手段がないため、

いまの私にはあなた様へできることは、ここのブログを通じてあなた様に語りかける以外にありません。



ですから、私からのオススメは


・ご家族にご相談すること

・そのメールの主は洪さんを騙る別人であること

・私にお手紙をくださる時は、連絡先をくださること

(こちらから折り返しお電話させていただきます)



おそらくですが、あなた様の訴える内容には、

あなた様ご自身の大きな誤解が多分に含まれておられると思います。

あなた様の心理状態を私なりにご推察することもできますが、それはこちらでは控えさせていただきます。



私はあなた様のお力になりたく思います。

でもそのためには、あなた様のご連絡先が必要です。

どうかよろしくお願いいたします。

あなた様からのお手紙は、大事に保管させていただいております。









  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 20:19Comments(0)

自Twitterメモ10

2018年04月08日

@amamikyo77
3月22日
その他
自分に、
「周りと比較して自分をまともだと思う気持ち」
が出てきたら、危険。
それは実は慢心の症状。

そういう時こそ、自分を下座において、
周りの善性を見出し周りの長所を立て、周りに感謝する気持ちを持つべき。

自分は優れているのを人と比較して表現するのはすでに邪見。
因果は自己完結。






@amamikyo77
3月22日
その他
補足。

因果の理法はたしかに縁起として他者との関係もあるが、
基本的には「自己主体・自己責任」であるので、
他者と比較する自体がすでに正しい因果観から離れている。
比較は他者とすべきではなく、
過去や未来の自分とすべき。





@amamikyo77
3月22日
その他
自分に憑いている悪霊がいつまでもとれないのは、
自分に悪霊と目的を同じくする心因がある。
大抵の場合、それは

「自己処罰・自責」
「成功・責任からの逃避」
「誰かのせいにする事での現実逃避」
「強い劣等感・嫉妬心・裁きへの囚われ」
「不遇の立場への強い不満(責任転嫁)」
「被害者意識」







@amamikyo77
3月22日
その他
だから、自分を時系列で分析(因果観)することで、
自分が何にとらわれているかを知り、
何に納得できていないのかを知り、
どんな問題集でつまずいているかを知れば、

あとは、そこに対して答えを探すだけ。

答えは客観性と天意と魂修行と使命と
プラス思考と感謝にある。






@amamikyo77
3月22日
その他
霊に食べ物を供え、そのあとそれを一部食べて霊を鎮める夢を見た。

琵琶湖正心館でも見てたので、
おや珍しいと思ったら、
おさむんが
『HIKARI』かけてた。

食べ物をあげて鎮めた方がいい霊でも身近にいるんだろうか?
あと、「井戸鮫」という言葉を使ってた。
なんじゃそれ。







@amamikyo77
3月22日
その他
自分の不遇の環境や不幸な環境にいじけ、
他と比較して自分を常に劣等感に苛む気持ちが、
無自覚に強烈な嫉妬心を作り出している人は多い。

この嫉妬心がどうなるかと言うと、
「正義にすり替えた裁き(正義の名を借りた八つ当たり・憂さ晴らし)」
になる。

だから過度な正義感は警戒すべき。






@amamikyo77
3月22日
その他
「正義感」というものは実はかなり巧妙に、
自分自身の日頃の不平不満や、抑圧された怒り、嫉妬心(人の上に立ちたい願望)などを
誰にもバレないようコーティングしたはけぐちに出来る。

だから正しさを振りかざして人や組織を裁くのが好きな人は、
実は内的にそれらを宿している場合がかなり多い。





@amamikyo77
3月22日
その他
何故それが分かるかと言うと、

その正しさを心からの善意で行っているのなら、
人を裁く言動(相手から見て明らかな攻撃性を含む言動)は控えめになる。

だから、本人が語る「正しさ」が、「善意」からのものであるとは限らなかったりする。
本人は無自覚でもそれは周りからは実によく見えている。






@amamikyo77
3月22日
その他
客観性とはまことに大事で、
しかも割と簡単に得られる。
それをしない場合は、
自分に都合の悪い情報を隠蔽しようとしている場合か、
自分にとって都合の悪い状況を回避している場合が多い。

一番簡単な客観性の担保とは何か?
ネットに書いた内容を家族や職場の上司に読んでもらうことだ。





@amamikyo77
3月22日
その他
昨今の右派や左派の暴走などを見ると、
正しさという名で悪意をむき出しにしたらどうなるかが分かる。
その正しさが善意からのものであれば、
必ず品性による表現の配慮があるからだ。

だから、差別的・嘲笑的・侮蔑的表現が出てきたら、
その「正しさ」は善意から離れ始めていると自覚すべき。






@amamikyo77
3月23日
その他
私自身は、信者の立場にも立てますし、
他宗の立場にも立てますし、
アンチの立場に立てと言われたら普通に立てるので、
アンチさんの正義感も分からなくはない。

ただ、「何かを変えたい」と思うなら、その責任は背負うべきでしょうね。
片手間で身元隠して何かを変えるなんて無理。








@amamikyo77
3月23日
その他
先日、まりりん先輩と電話してて、
「あるお客様に、こんなのが憑いてた!」
という話になったので、

「ああ、それはこういうヤツですよ。神道のコレ使ったらいいですよ。
幸福の科学的にはファイトですね」

と言ったら、まりりん後で調べて納得してた。

いわゆる『虫使い』ですね。
憑き物筋。







@amamikyo77
3月23日
その他
なんでこの霊的なものに傾ける情熱の百万分の一でも、金儲けに傾けられないのか・・・・・
我ながら本当に興味関心の分野が偏りまくってる。

楽して一日1時間の仕事で一万とかはいってこないかな~
ブログ書くと一日3時間くらいかかるんだけど、あれ金にならないかなぁ~









@amamikyo77
3月23日
その他
自分が関わる神様が、
大体軍神&呪術に強い神様だと分かった時の気持ち良さ。

神功皇后、
八幡大神、
宗像三女神、
八臂弁才天、
奄美の神様(超絶軍神の男神)、
浪切不動明王、
七福神、
大元帥明王、
白菊大神、
天照大神、
瓊瓊杵尊。

でも全然活かせてないあああああああああああああああ









@amamikyo77
3月23日
その他
なんだろう、この私から漂う
「私って本当はすごいんだからね!
でも本気だしたら周りが大変だから、あえて抑えてるんだからね!」
が見え見えのこの中二病満載感・・・・・

そんな私が大好き(*・ω・人・ω・)






@amamikyo77
3月23日
その他
自分の怒りや苦しみの多くは、
自分が、自分自身や相手に押し付けてる願望が叶えられない事への葛藤
(つまり自分が作ってる価値観の押し付け)であり、
それは『求不得苦』なんだけど、
意外とここ自覚してない人多し。








@amamikyo77
3月23日
その他
「相手は変えられない、自分が変わった方が早い」
を、ついつい忘れがちになるよね。









@amamikyo77
3月23日
その他
数年ご相談いただいてた信者さんからお電話。
落ち着いたようで共に安堵。
ありがたやありがたや。
しかし大悟祭にキチンと参加されてるなんて、すばらしい!
私?自宅で久々に父相手に和気藹々の議論をしてました。
親孝行万歳!

おりこうさんになれなくてすみません・・・
(ゝω・) テヘペロ





@amamikyo77
3月23日
その他
自分の気づきが誰かのお役に立てるって、
この世界って本当に美しい理念で作られたんだと思う。
作ったのが天御中主神かヤハウェかアッラーかエル・カンターレか名前は色々あるでしょうが、
作った神様ってとても美しいお気持ちでこの世界をお作りになられたんだろうなぁと思います。





@amamikyo77
3月23日
その他
そういえば、以前はむちゃくちゃ一部信者さんから総合本部に
「野崎梨乃を退会させろ!」とか
「野崎梨乃のブログを読んで同じ信者だと思われたくない!」
「野崎梨乃は霊能信仰の分派活動してる!」
ととクレーム入ってたらしいけど
(支部長が確認してた)
最近聞かなくなったなぁ。
なんでだろう?






@amamikyo77
3月23日
その他
お菓子の中で最強はやはりダントツで
「ねるねるねるね」
だと思う。
これを超えるネーミングにいまだ私は出会えていない。

ちなみに食べるとそんなに美味しいわけではない。






@amamikyo77
24時間24時間前
その他
今人生で一番つらいだろうけど、
その経験で大人になったらたくさんの人助けるぞ。
母ちゃんのマッサージもっとしてやれ。
お前のその経験があとで生業になるぞ。
あと本読みすぎるな。
そのせいで高校になって視力ガクンとさがるぞ。
メガネ手放せなくなるぞ。

#中学生の自分に教えたいこと選手権






@amamikyo77
7時間7時間前
その他
とある信者さんに、琵琶湖でさせていただいたマッサージでのインスピをお伝えした。
その内容は私自身も驚愕する内容で、インスピすげーと思ったんですが、
数日後の昨日、いきなり思い出した。

『日蓮上人霊示集』の内容だった。

読んでた時は正直意味不明だったけど、
そういう事だったんですね!







@amamikyo77
7時間7時間前
その他
琵琶湖正心館で繰り返しきてたのが
“慢心の危険性”
だった。
これは本当に怖いのだと。
私はまだ実績を出していないからその危険性も少なく、
誰から見ても分かる実績を出した後こそが怖いのだと。
今でも慢心と戦ってる私は、
ホントやべぇと思う。

ちなみに慢心すると、そのニオイが漏れ出るそうな






@amamikyo77
19分19分前
その他
朝の覚醒寝言。(私への個人的メッセージ)

「感謝が足りない。
天に向けて感謝の柱が立つ位の感謝を向けなさい。
祈りの中で雑念が気になるのは感謝が足りないから。
感謝がつねに発信されておれば、雑念など気にならぬ」

あの・・・朝ごはん食べてる時に来るのやめてもらえますか・・・・









@amamikyo77
16分16分前
その他
続き。

「感謝は祈りの時のみに立てるものではない。
日常の中で、どれだけの感謝を持てたのか。
神に対しのみでなく、あなたが触れているもの、関わったもの、
すべてはあなたの為に用意されたものだ。
そこから何を得たのか。そこにどれほど感謝できたのか。
万物への感謝の積み重ねが魂を磨く」











  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 16:55Comments(0)つぶやき

自Twitterメモ9

2018年04月02日

@amamikyo77
3月12日
その他
過ぎた被害者意識も特徴の一つだと、自己愛性パーソナリティ障害の解説において言及されてたとは。
さすがレオさん、もう調べ尽くしてる。

改めてあの人は敵に回すべきじゃないわ。





@amamikyo77
3月12日
その他
なんで七福神にご縁があるの?と思ってたら、
よく考えたら、松阪支部の信者さんからいただいた恵比寿像、
今実家で祀らせていただいてるんですけど、
マジで、うちの父の霊障(家系因縁)を薄めてくださってる模様。

たしかに弁才天と恵比寿にご縁あるわ!!
よ~し、毘沙門天(戦いの神)かもーん!







@amamikyo77
3月12日
その他
よく考えたら私すごくね?

松阪支部で恵比寿様もらったよ!

直後の高千穂旅行で天安河原の社にちっさく「恵比寿大明神」が祀られてるのを発見

恵比寿って七福神で唯一日本の神様だよ!

実は日本で一番古い神様だよ!(本当)

守護霊「イサナ」さんと繋がってたよ!
(古代エビス信仰)






@amamikyo77
3月13日
その他
精舎のお部屋はすごく澄んでたけど、押し入れにほんの少しだけ前の人の気が残ってた。
たぶん前は団体さんだったのだろう。
しばらく開けっ放しにして正心法語聞かせてたらキレイになりました。








@amamikyo77
3月14日
その他
トレースは上手いのにオリジナルができない人は、否定されることへの恐怖心が強いのかもしれない。

恐怖心をとるには、
人助けをして感謝されることを積むと良いと思う。

善行と感謝は良薬。





@amamikyo77
3月14日
その他
いつまでも素人の立場でチヤホヤされたい。

注・『心の発見』研修の感想です





@amamikyo77
3月14日
その他
自殺願望がとれない人を見ると、
『ああ、この人は前世でも現実逃避の為に自殺したんだな』
という人がいる。
結局のところ、その動機は自己不信でありそれを転嫁した人間不信であることが多い。
まず自分が自分の何に失望したかを分析理解すると良いと思う。





@amamikyo77
3月14日
その他
ネガティブ思考でグルグルしてる人の話を聞くと、
ある部分で話をすり替えることがある。
そこから先は、おそらく、
本人の過失か罪の部分。
人は
『自分にとって都合が悪い事実』
という怪物の影に囚われ、
そこから逃げる為にもがいていたりする。

直視すればその怪物は実は泣いている自分なのに。








@amamikyo77
3月14日
その他
自分の過失や罪を直視し自覚し理解して、
自分の弱さに涙が止まらない、
その時に、傍に神がいる。
誰かのせいにする自己保身をとり続けるのか、
自分の責任を噛み締めて、やり直しの道に入るのか、
その選択を神はジッと見ている。
神はあなたを責めていない。
ただ待っている。





@amamikyo77
3月14日
その他
『離欲の功徳』とは、
自分なりの言い分を主張したいということすらも、
過ぎれば我欲であることを理解して、
手放すことの功徳。

この我欲には、実は被害者感情や自分なりの正しさも入っている。

周りが矮小化して見える時、周りへの配慮を軽んじている時、
自分は我欲の状態であると知る。




@amamikyo77
3月14日
その他
自分なりの愛情や善意に、
巧妙に
『相手を自分の思い通りにしたいエゴ』
を混ぜて押し付ける人はよくいる。
(特に家族間)
ほとんどの場合本人はそのエゴに気づいていない。
それくらい、人は自分の願望を簡単に他人に押し付けるのだと
自覚できると、
いかに自分はワガママであったのかが分かる。




@amamikyo77
3月14日
その他
これの最初が実は親への裁き
(こうでなければいけないという願望の押し付け)。

神道的観点から見れば、
親とは自分をこの世に生み出した、最も自分に近い神格存在といえる。

個人としての親を裁くより、
神道観における親の恩にフォーカスすることは、

我欲からの離欲の修行として重要。





@amamikyo77
3月17日
その他
琵琶湖はやはりすごかった。
とある信者さんから、
『野崎さんにご相談して劇的に人生が変わった』
とおっしゃっていただいて、
そのお言葉をいただくために私は琵琶湖正心館に来させていただいたと思いました。
与える愛からブレない私でありたいです。

次は竜宮瞑想受けたい。
\(^o^)/






@amamikyo77
3月17日
その他
竹生島に行った感想。
弁財天様が懐かしかった。
終わり。





@amamikyo77
3月17日
その他
弁財天て頭に宇賀神乗せてたりしますけど、
琵琶湖正心館の龍神は頭に主エル・カンターレを乗せておられる。

頭にいただく権威は、上位存在への信仰だったりするんでしょうね。
代理人でありお使いとしてのね。

王権は徳によって継がれるべきだとつくづく思います。






@amamikyo77
3月18日
その他
信者さんに
『野崎さんのお話を聞いて、幸福の科学が本物だとやっと確信を持てた』
とのお声をいただいた。
できるかぎりお役に立たせていただきたいです。
そんな私は異端児の裏側信者だけど…(笑)






@amamikyo77
3月18日
その他
悪いことして人に迷惑かけたら、
バレたその時にごめんなさいって言えば、
大抵は許してもらえるのに、
それが言えなくて最終的に逆ギレ・忘れたフリ・被害者ヅラなどで逃げたりする人多し。
それはやはり、保身と恐怖心なんだろうと思う。

自分の影が一番怖い。
これから逃げない修行こそ最も宝。







@amamikyo77
3月18日
その他
名誉はあの世でも価値となる。
だからこそ宗教家でも最後まで名誉欲が残る。
でも、そこで思い出して欲しい。
地蔵菩薩のお姿の尊さ。





@amamikyo77
3月18日
その他
今スピ系について。
ワクワクやハッピーやカルマの書き換えなどが流行っているけれども、
かつての光明思想ブームや他力門ブーム、お蔭信仰ブームの再来のようにも感じる。
やはり精神世界もブームは繰り返しくるのかなぁと思う。






@amamikyo77
3月18日
その他
琵琶湖正心館で信者さんとの会話

信者さん
『今でも三万握りってここ来る時に迷うよね、
片方は雄琴、片方はここに向かう道』


『ああ、大津の乙姫か雄琴の泡姫かで葛藤が起きるんですね?』

信者さん
『そうそう!(笑)』

私はこういう信者さんが好きだ。
(* ̄∇ ̄)ノ






@amamikyo77
3月19日
その他
とある信者さんの話。
「3年前に古株の地区の超活動信者さんが亡くなったんだけど、
もうヤバイかもって時に病床の彼から依頼されたのが、
≪自分ちのパソコンの全データ削除(できればパソコン持ってって)≫
だった。
彼の死後、ご家族を適当に言いくるめて速やかに実行した。」

こんな話大好き。






@amamikyo77
その他
うちの母ちゃん「あんた、何で幸福の科学しながらそんなにいろんな宗教の神様に普通に関わるの?」

私「幸福の科学は主エル・カンターレを中心とした多神教なんだけど、なんで一神教の真似せなあかんの?」







@amamikyo77
3月22日
その他
昨日の怖い話。
4時頃Twitterしてたら、
目の前にある玄関の扉がノックされた。
もちろん外には誰もいない。
そして奇妙な唸り声(超小さい声)が5分くらい。
明け方にくるとは、お主、さては○○だな?







@amamikyo77
3月22日
その他
昨日じゃなかった。今朝の4時だった(笑)

まぁ、これくらいは怖いに入らないんですけど。
よくいろんなものくるから。
そういえば、最近外にいる子供のオバケさん、外に置いてる洗濯機勝手に開けなくなったなぁ。
そろそろどっか行ったかな?
子供のオバケはイタズラ好きが多い。






@amamikyo77
3月22日
その他
過去tweetのつぶやきの内容に御礼メッセをいただいた。
自分の文章が、どなたかの気づきのきっかけになっていただけるのは、
望外の喜びです。
その為に私は生きていると言っても過言ではありません。

その為の表現力であり、その為の文章力だと思っております。
私を守り導かれた神々に感謝!!!






@amamikyo77
3月22日
その他
これ付け加えなきゃ。

繰り返し心に湧き上がる正体不明の身内や周りへの異常な怒りは、
先祖霊の影響も考えられます。
その場合は手っ取り早いのは感謝と供養です。

これ、知らない人多い。(笑)





@amamikyo77
3月22日
その他
「何故先祖が自分に霊障を及ぼすんだ!」
という疑問が湧きますが、
先祖霊自身は子孫を害しているつもりはありません。

実は霊障のいくつかは、
あちら自身も無自覚の障りが多いです。

このメカニズムについて。






@amamikyo77
3月22日
その他
霊とは想念エネルギー体ですので、
霊がそばにいるというのは、
それだけで、
「特定の音を24時間出し続けるラジオが真横にある」
のと同じ効果があります。

感謝に満ちている霊が傍にいれば感謝が、
苦しみ呻いている霊が傍にいれば、

その想念がこちらにも聞こえてきます。





@amamikyo77
3月22日
その他
この場合、
ご先祖霊は、血縁がある分、他人よりも互いに精神的距離が限りなく近いです。
ですから、他人の霊よりもはるかに先祖霊の影響を受けやすいのは当然なんですね。





@amamikyo77
3月22日
その他
さらに、苦しんでいる霊や、強い心配を持っている霊、強い訴えを持つ霊は、
基本的に本当に死に物狂いでその思いを訴えています。

この「先祖霊からの必死の訴え」が、
想念になるとどうなるか?

ある一定の人は、先祖からの必死の想念を
「イライラ」や「怒り」という形で翻訳してしまうんです。






@amamikyo77
3月22日
その他
まとめると

①霊は想念エネルギーなので、霊に害意がなくても傍にいる霊の想念の影響を受ける
②先祖霊は他人霊より良くも悪くも距離・影響力が強い
③先祖霊の必死の訴えの想念を、こちら側が「怒り」で翻訳しやすい









@amamikyo77
3月22日
その他
ですから、
「自分でも正体不明のイライラや家族への冷たい態度が出る」
時は、
①先祖
②生き念
③オバケー
④ストレスや疲労の蓄積
⑤不平不満・納得できない思い

のいずれかになると思われます。







@amamikyo77
3月22日
その他
ここまでくれば、
「一族に僧侶が出たら七代救う」
というのは至極当然なのがお分かりかと思います。
ですから、先祖(身内霊)が強い未練を残しているとその影響はかなりありますし、
ましてや悪霊化していると非常に危険なのもお分かりですね。







@amamikyo77
3月22日
その他
ここで、幸福の科学が述べている

「悟り(霊的人生観)」
「心の教え」
「自分の人生の問題集をいかに分析し理解し納得し感謝に変えるか」

がいかに重要であるかがお分かりかと思います。
生きている人間の確信波動の想念エネルギーが、
確実にご先祖(身内霊)にも影響を及ぼすからですね。








@amamikyo77
3月22日
その他
霊的世界というのは、ある種念力合戦の部分があります。
強い想念エネルギーの影響を弱い方は受けやすいです。
ですから
「一人で戦わないこと」
(主エル・カンターレや守護・指導霊と共にあるイメージで強く祈る)
が重要となります。
なるべくリアルに、たくさんの天使と共に祈るイメージが重要。







@amamikyo77
3月22日
その他
ですから、
祈りの最中、
「仏光に包まれている自分」
「仏からの光の柱が降りている自分」
のイメージ想念は、
霊から見たら、そのまま現実として見えるのです。

そうすると、
仏光によって邪気は浄化されますし、
光の柱によって、天使が指導に降りてきやすくなるんです。
(光の柱で繋がるから)






@amamikyo77
3月22日
その他
まぁなんだ。

一言で書くと
「幸福の科学スゲーな」

という話でした(笑)






@amamikyo77
3月22日
その他
ここまで来たら簡単な事ですが、
アンチさんが死後子孫に障りになるというのも、
「宗教団体への責任転嫁・恨み」
が、そのまま子孫に想念エネルギーとして影響を及ぼしたらどうなるかという事ですね。

想念には主語はありません。
「責任転嫁・恨み」
の想念が、
子孫に伝染・影響するんです。






@amamikyo77
3月22日
その他
ただ、これはアンチさんに限った話ではなく、
もちろん信者さんにも当てはまります。

誰かに強い恨みや嫉妬や裁きを持っていたり、
何かの過去の責任転嫁をつねに心に抱えている人は、

それが確実に子孫に影響します。
だから、心の教えによって、自分を良き方向に納得させることが大事なわけです。






@amamikyo77
3月22日
その他
では「自分は独身だからいい!」
そんな事は全然なく、
自分の想念エネルギーは、
そのあと、来世に継がれます。
つまり、来世の自分が今度は苦しむ事になるわけです。
さらに、想念は地域に一部とどまりますから、
地域に障りを及ぼしますね。

だから、自分の想念に責任を持つことが大事なわけです。






@amamikyo77
3月22日
その他
てゆーか、
なんで私こんな偉そうなこと書いてるんだ?

私は平平凡凡な主婦なのに~~
腰が痛い・・・・
誰かマッサージして~~~~








@amamikyo77
3月22日
その他
さっき『HIKARI』かけながら瞑想してたら思い出した。
琵琶湖正心館で竜神様から教えてたいただいたの、

“悪霊も含めたすべての存在に、
徹底的に祝福の思いを向けよ。
自分自身も祝福せよ”

だったわ。
危うく忘れるところでした。
ありがたやありがたや






@amamikyo77
3月22日
その他
表現力・語彙力は、
「自分を理解させ納得させ前に進ませるために重要」
だから、仏法真理を学ぶのが大切なのは
大川総裁の言葉が、
自分の人生の問題集において理解の言葉となるから。

そして、自分の人生の問題集を理解し納得し感謝できただけ
同じ問題集を持ってる人を救える。

これがこの世界。







@amamikyo77
3月22日
その他
最も単純な霊的真理は、

「我々一人一人が生きてる霊であり想念エネルギーであり
性格やこだわりや信念が周りに影響を与える」

「我々は天使を目指さなければならない」

「自分や他者に感謝し応援し善性を信じてあげることが愛」

「愛とは理解と説得の技術論」

「だから自他を理解説得すべし」











  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:40Comments(0)つぶやき