「原爆投下は終戦を早めた」は大嘘 日本からの和平交渉を拒否していたアメリカ フーバー回顧録が明かした真実
2017年06月30日
平凡なスピ好き主婦なんですが、なぜに私はこうも自分の知性をK点越えしたネタばかり書いてるんでしょうか。(嘆き)
そしてまた、自分の分をこえたこんな題名つけてるわけですよ・・・・・。
数ヶ月前に奄美の某右翼の方に、
「あなた、言いたいことは分かるけど過激すぎ。少し抑えて」
とアドバイスをいただきました。
自分のどこが過激なのか分からないのが一番の問題点なのかもしれません。(遠い目)
というわけで、本日の話題です。
某SNSで、こんなご質問をいただきました。
「とあるところでオバマの広場でのパフォーマンスを批判したら、
被曝3世という人から批判をいただいた。
オバマの広場訪問はよかったと、さらに広場の原爆が日本の分断と本土決戦の被害を防いだと言う。
本当かどうか」(意訳)
えーと、それもうすでに保守界では大嘘だってのが事実だと明確になってるんですが、
その証拠どこにあったっけ・・・と資料探してたら、
霊感(笑)で見つけました。
これだこれ。
日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%AF%E8%AA%B0%E3%81%8B-%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AE%E7%BD%AA%E7%8A%B6%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E5%9B%9E%E9%A1%A7%E9%8C%B2%E3%82%92%E8%AB%96%E3%81%9A-%E8%97%A4%E4%BA%95-%E5%8E%B3%E5%96%9C/dp/458523036X
アメリカの封印50年 今、事実が鮮明に! !
「日米戦争を起こしたのは狂人の欲望であった」と私が言うとマッカーサーも同意した。“I said that the whole Japanese war was a madman's desire to get into war. He (MacArthur) agreed."
50年の封印を開き、2011年に刊行された元アメリカ大統領フーバーの衝撃の大著。 “FREEDOM BETRAYED Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath"(2011)
米国民をたぶらかし、日本に戦争をしかけ、蒋介石とスターリンに莫大な軍事援助を与え、世界に惨劇をもたらした誤った政策の数々。フーバー自身が蒐集した膨大な資料に基づき、つぶさに検証した大著=第二次世界大戦史の内容を紹介、討論する。同時に第二次世界大戦さえ回避できたとするウェデマイヤー将軍回顧録も紹介、三人の論客が徹底討論して、東京裁判の無効を明かにし、自虐史観を完全に払拭する。
2011年まで表になってなかった元アメリカ大統領回想録なので、知らない人が多くても仕方ないですよね。
まぁなんだ。手っ取り早く言うとですね。
元アメリカ大統領のフーバーさんが、
「日本との戦争なんてする必要なかったんだよ!ルーズヴェルトのクソが!!」
と、あらゆる証拠揃えてこれでもかと元アメリカ大統領ルーズヴェルトを告発してる内容なわけです。
できればこの本を読まれると一番いいと思うんですが、まず優れた方からお智慧を拝借させていただきます。
こちらリンク先サイト様を読んでいただいたら大体概要はつかめると思います。
フーバー大統領の回想録には、大東亜戦争の歴史の書き換えを迫る重大な記録が含まれている。
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1651085.html
フーバーの回想録"Freedom Betrayed(『裏切られた自由』)が47年ぶりに出版された。共産主義者に操られたルーズベルト大統領が、日本を開戦に追い込み、ソ連を護り育て、世界に戦争の危機をばらまいた。
http://hoi333.blog.fc2.com/blog-entry-1827.html
■7.日本に無条件降伏を要求し、原爆投下
こうして日本は対米戦争に追い込まれ、当初は西太平洋、東南アジアから米英勢力を駆逐したが、昭和20(1945)年には敗色濃厚となり、講和の道を探っていた。そこにポツダム宣言が出される。
__________
ポツダムにおけるトルーマンの過ちが、第16番目の過ちである。・・・
これ(JOG注: ソ連の東欧への勢力拡張を許した事)に加え、指導者の人々の忠告に反して、日本に無条件降伏の最後通牒が出されたことである。アメリカの経験ある多くの專門家が勧告した、天皇(みかど)を維持することを許す救済条項を入れないで、無条件降伏を要求したのである。日本側は、回答として、この条件のみを求めたが、原子爆弾が投下された。そして、最後になって、この条件が受け入れられた。1,p124]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
__________
第17番目のアメリカの政治の大道からの逸脱は、トルーマンが日本人の上に原子爆弾を落とすという非道徳的な命令を下したことである。日本は繰り返して平和を求めていたにもかかわらず。これはアメリカの全ての歴史のなかで、他に比較するもののない残忍な行為であった。これはアメリカの良心に対して、永久に重くのしかかるであろう。[1,p127]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
えーと、で、なんでしたっけ?
原爆投下が終戦早めた?
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
元アメリカ大統領フーバーが
「そもそも日本と戦争する必要なかった。させたのはルーズヴェルト」
といろんな証言証拠揃えて言ってますよ~
このフーバーさんが日本における鳩山由紀夫キャラじゃないしっかりした方だったというのは、
フーバーさんの意見がマッカーサーや他の米軍将校との意見との一致をみている点からしても明らかですね。
えーと、「日本の軍部が暴走したから戦争はじまったし~」て寝言言ってたうちの親父に読ませなきゃ・・・・・
注文注文~~~~~
野崎注・日本側は複数ルートを使い何度も和平交渉のアプローチをしている。
アメリカも蒋介石もソ連もそれを知りながら事実上相手にせず無視していた。これは明らかに意図的な戦争状態の継続にあたる
情報ソース:日本の降伏
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%99%8D%E4%BC%8F
一方で、当時小磯内閣も本土決戦を進めながら、同時に和平工作を模索していた。1944年(昭和19年)に宇垣一成元陸軍大臣を中国に派遣して蒋介石政権との和平交渉を打診した。そして、1945年(昭和20年)3月には南京国民政府高官でありながら既に蒋介石政権と通じていることが知られていた繆斌を日本に招き、和平の仲介を依頼している。だが、当時の重光葵外務大臣は繆斌を信用せず、小磯国昭総理大臣と対立して結果的に内閣総辞職につながった。
4月7日に成立した鈴木内閣の外務大臣東郷茂徳は、翌年4月には期限が切れるとは言え、未だに日ソ中立条約が有効であったソビエト社会主義共和国連邦を、仲介とした和平交渉を行おうとした。東郷自身はスターリンが日本を「侵略国」と呼んでいること(1944年革命記念日演説)から、和平交渉の機会を既に逸したと見ていたものの、陸軍が中立条約の終了時もしくはそれ以前のソ連軍の満州への侵攻を回避するための外交交渉を望んでいるため、ソ連が和平の仲介すると言えば軍部もこれを拒めないこと、ソ連との交渉が破綻すれば日本が外交的に孤立して軍部も実質上の降伏となる和平条件を受け入れることになるという打算があったとされている。かつて東郷自身、駐ソ大使としてモスクワで、ノモンハン事件を処理し、ソ連との和平を実現させたという経験も背景にあったとされる。
5月の最高戦争指導会議構成員会合(首相・陸海軍大臣・外相・陸軍参謀総長・海軍軍令部総長の6人)では、ソ連の参戦防止・中立確保のための交渉を行う合意を得た。当初はこれに戦争終結も目的として含まれていたが、阿南惟幾陸軍大臣が「本土を失っていない日本はまだ負けていない」として反対したため、前記の2項目のみを目的とすることになった[1]。東郷は、元上司で元首相の広田弘毅をヤコフ・マリクソ連大使と箱根などで会談させたが、具体的条件や「戦争終結のための依頼」であることを明言せず、はかばかしい成果は得られなかった。
6月6日の最高戦争指導会議構成員会合で「国体護持と皇土保衛」のために戦争を完遂するという「今後採ルヘキ戦争指導ノ基本大綱」が採択され、それが御前会議で正式決定されると、内大臣の木戸幸一と東郷、米内光政海軍大臣は、第二次世界大戦の際限ない長期化を憂慮し、ソ連を通じた和平の斡旋へと動き出した[2]。木戸からソ連の斡旋による早期戦争終結の提案を受けた昭和天皇はこれに同意し、6月22日の御前会議でソ連に和平斡旋を速やかに行うよう政府首脳に要請した[3]。
しかし東郷は、広田・マリク会談に時間をかけすぎ、進展が見られなかった(広田はマリクとの最後の会談でソ連に和平斡旋の条件として、満州国の中立化などを提案している[4]が、マリクは政府上層部で真剣に考慮されるだろうと回答しただけであった[5])ことから、天皇は7月7日に親書を持った特使を派遣してはどうかと東郷に述べた[6]。東郷は近衛文麿に特使を依頼し、7月12日に近衛は天皇から正式に特使に任命された。外務省からはモスクワの日本大使館を通じて、特使派遣と和平斡旋の依頼をソ連外務省に伝えることとなった[注 1]。
しかし、すでにソビエト連邦は、1945年(昭和20年)2月のヤルタ会談で、ヨーロッパ戦勝記念日から3ヶ月以内の対日宣戦で合意しており、日本政府の依頼を受ける気はなかった。5月から6月にかけて、ポルトガルやスイスの陸海軍駐在武官から、ソ連の対日参戦についての情報が日本に送られたり[8]、モスクワから帰国した陸軍駐在武官補佐官の浅井勇中佐から「シベリア鉄道におけるソ連兵力の極東方面への移動」が関東軍総司令部に報告されたりしていたが[9]、これらの情報は、日本軍・外務省の間で共有されなかったり、希望的観測のもと、重要な情報が軽視される結果となった。
7月のポツダム会談では近衛特使の件を、アメリカ・イギリスに暴露した上で、両国と協議してソ連対日宣戦布告まで、日本政府の照会を放置する事に決定した上でポツダム宣言に同意した。一方、日本政府はソ連の仲介を期待して「ノーコメント」とする方針を取り[10]、8月6日の広島への原子爆弾投下、8月9日のソ連対日参戦を回避することは出来無かった。
そしてまた、自分の分をこえたこんな題名つけてるわけですよ・・・・・。
数ヶ月前に奄美の某右翼の方に、
「あなた、言いたいことは分かるけど過激すぎ。少し抑えて」
とアドバイスをいただきました。
自分のどこが過激なのか分からないのが一番の問題点なのかもしれません。(遠い目)
というわけで、本日の話題です。
某SNSで、こんなご質問をいただきました。
「とあるところでオバマの広場でのパフォーマンスを批判したら、
被曝3世という人から批判をいただいた。
オバマの広場訪問はよかったと、さらに広場の原爆が日本の分断と本土決戦の被害を防いだと言う。
本当かどうか」(意訳)
えーと、それもうすでに保守界では大嘘だってのが事実だと明確になってるんですが、
その証拠どこにあったっけ・・・と資料探してたら、
霊感(笑)で見つけました。
これだこれ。
日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%AF%E8%AA%B0%E3%81%8B-%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AE%E7%BD%AA%E7%8A%B6%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E5%9B%9E%E9%A1%A7%E9%8C%B2%E3%82%92%E8%AB%96%E3%81%9A-%E8%97%A4%E4%BA%95-%E5%8E%B3%E5%96%9C/dp/458523036X
アメリカの封印50年 今、事実が鮮明に! !
「日米戦争を起こしたのは狂人の欲望であった」と私が言うとマッカーサーも同意した。“I said that the whole Japanese war was a madman's desire to get into war. He (MacArthur) agreed."
50年の封印を開き、2011年に刊行された元アメリカ大統領フーバーの衝撃の大著。 “FREEDOM BETRAYED Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath"(2011)
米国民をたぶらかし、日本に戦争をしかけ、蒋介石とスターリンに莫大な軍事援助を与え、世界に惨劇をもたらした誤った政策の数々。フーバー自身が蒐集した膨大な資料に基づき、つぶさに検証した大著=第二次世界大戦史の内容を紹介、討論する。同時に第二次世界大戦さえ回避できたとするウェデマイヤー将軍回顧録も紹介、三人の論客が徹底討論して、東京裁判の無効を明かにし、自虐史観を完全に払拭する。
2011年まで表になってなかった元アメリカ大統領回想録なので、知らない人が多くても仕方ないですよね。
まぁなんだ。手っ取り早く言うとですね。
元アメリカ大統領のフーバーさんが、
「日本との戦争なんてする必要なかったんだよ!ルーズヴェルトのクソが!!」
と、あらゆる証拠揃えてこれでもかと元アメリカ大統領ルーズヴェルトを告発してる内容なわけです。
できればこの本を読まれると一番いいと思うんですが、まず優れた方からお智慧を拝借させていただきます。
こちらリンク先サイト様を読んでいただいたら大体概要はつかめると思います。
フーバー大統領の回想録には、大東亜戦争の歴史の書き換えを迫る重大な記録が含まれている。
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1651085.html
フーバーの回想録"Freedom Betrayed(『裏切られた自由』)が47年ぶりに出版された。共産主義者に操られたルーズベルト大統領が、日本を開戦に追い込み、ソ連を護り育て、世界に戦争の危機をばらまいた。
http://hoi333.blog.fc2.com/blog-entry-1827.html
■7.日本に無条件降伏を要求し、原爆投下
こうして日本は対米戦争に追い込まれ、当初は西太平洋、東南アジアから米英勢力を駆逐したが、昭和20(1945)年には敗色濃厚となり、講和の道を探っていた。そこにポツダム宣言が出される。
__________
ポツダムにおけるトルーマンの過ちが、第16番目の過ちである。・・・
これ(JOG注: ソ連の東欧への勢力拡張を許した事)に加え、指導者の人々の忠告に反して、日本に無条件降伏の最後通牒が出されたことである。アメリカの経験ある多くの專門家が勧告した、天皇(みかど)を維持することを許す救済条項を入れないで、無条件降伏を要求したのである。日本側は、回答として、この条件のみを求めたが、原子爆弾が投下された。そして、最後になって、この条件が受け入れられた。1,p124]
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第17番目のアメリカの政治の大道からの逸脱は、トルーマンが日本人の上に原子爆弾を落とすという非道徳的な命令を下したことである。日本は繰り返して平和を求めていたにもかかわらず。これはアメリカの全ての歴史のなかで、他に比較するもののない残忍な行為であった。これはアメリカの良心に対して、永久に重くのしかかるであろう。[1,p127]
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えーと、で、なんでしたっけ?
原爆投下が終戦早めた?
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
元アメリカ大統領フーバーが
「そもそも日本と戦争する必要なかった。させたのはルーズヴェルト」
といろんな証言証拠揃えて言ってますよ~
このフーバーさんが日本における鳩山由紀夫キャラじゃないしっかりした方だったというのは、
フーバーさんの意見がマッカーサーや他の米軍将校との意見との一致をみている点からしても明らかですね。
えーと、「日本の軍部が暴走したから戦争はじまったし~」て寝言言ってたうちの親父に読ませなきゃ・・・・・
注文注文~~~~~
野崎注・日本側は複数ルートを使い何度も和平交渉のアプローチをしている。
アメリカも蒋介石もソ連もそれを知りながら事実上相手にせず無視していた。これは明らかに意図的な戦争状態の継続にあたる
情報ソース:日本の降伏
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%99%8D%E4%BC%8F
一方で、当時小磯内閣も本土決戦を進めながら、同時に和平工作を模索していた。1944年(昭和19年)に宇垣一成元陸軍大臣を中国に派遣して蒋介石政権との和平交渉を打診した。そして、1945年(昭和20年)3月には南京国民政府高官でありながら既に蒋介石政権と通じていることが知られていた繆斌を日本に招き、和平の仲介を依頼している。だが、当時の重光葵外務大臣は繆斌を信用せず、小磯国昭総理大臣と対立して結果的に内閣総辞職につながった。
4月7日に成立した鈴木内閣の外務大臣東郷茂徳は、翌年4月には期限が切れるとは言え、未だに日ソ中立条約が有効であったソビエト社会主義共和国連邦を、仲介とした和平交渉を行おうとした。東郷自身はスターリンが日本を「侵略国」と呼んでいること(1944年革命記念日演説)から、和平交渉の機会を既に逸したと見ていたものの、陸軍が中立条約の終了時もしくはそれ以前のソ連軍の満州への侵攻を回避するための外交交渉を望んでいるため、ソ連が和平の仲介すると言えば軍部もこれを拒めないこと、ソ連との交渉が破綻すれば日本が外交的に孤立して軍部も実質上の降伏となる和平条件を受け入れることになるという打算があったとされている。かつて東郷自身、駐ソ大使としてモスクワで、ノモンハン事件を処理し、ソ連との和平を実現させたという経験も背景にあったとされる。
5月の最高戦争指導会議構成員会合(首相・陸海軍大臣・外相・陸軍参謀総長・海軍軍令部総長の6人)では、ソ連の参戦防止・中立確保のための交渉を行う合意を得た。当初はこれに戦争終結も目的として含まれていたが、阿南惟幾陸軍大臣が「本土を失っていない日本はまだ負けていない」として反対したため、前記の2項目のみを目的とすることになった[1]。東郷は、元上司で元首相の広田弘毅をヤコフ・マリクソ連大使と箱根などで会談させたが、具体的条件や「戦争終結のための依頼」であることを明言せず、はかばかしい成果は得られなかった。
6月6日の最高戦争指導会議構成員会合で「国体護持と皇土保衛」のために戦争を完遂するという「今後採ルヘキ戦争指導ノ基本大綱」が採択され、それが御前会議で正式決定されると、内大臣の木戸幸一と東郷、米内光政海軍大臣は、第二次世界大戦の際限ない長期化を憂慮し、ソ連を通じた和平の斡旋へと動き出した[2]。木戸からソ連の斡旋による早期戦争終結の提案を受けた昭和天皇はこれに同意し、6月22日の御前会議でソ連に和平斡旋を速やかに行うよう政府首脳に要請した[3]。
しかし東郷は、広田・マリク会談に時間をかけすぎ、進展が見られなかった(広田はマリクとの最後の会談でソ連に和平斡旋の条件として、満州国の中立化などを提案している[4]が、マリクは政府上層部で真剣に考慮されるだろうと回答しただけであった[5])ことから、天皇は7月7日に親書を持った特使を派遣してはどうかと東郷に述べた[6]。東郷は近衛文麿に特使を依頼し、7月12日に近衛は天皇から正式に特使に任命された。外務省からはモスクワの日本大使館を通じて、特使派遣と和平斡旋の依頼をソ連外務省に伝えることとなった[注 1]。
しかし、すでにソビエト連邦は、1945年(昭和20年)2月のヤルタ会談で、ヨーロッパ戦勝記念日から3ヶ月以内の対日宣戦で合意しており、日本政府の依頼を受ける気はなかった。5月から6月にかけて、ポルトガルやスイスの陸海軍駐在武官から、ソ連の対日参戦についての情報が日本に送られたり[8]、モスクワから帰国した陸軍駐在武官補佐官の浅井勇中佐から「シベリア鉄道におけるソ連兵力の極東方面への移動」が関東軍総司令部に報告されたりしていたが[9]、これらの情報は、日本軍・外務省の間で共有されなかったり、希望的観測のもと、重要な情報が軽視される結果となった。
7月のポツダム会談では近衛特使の件を、アメリカ・イギリスに暴露した上で、両国と協議してソ連対日宣戦布告まで、日本政府の照会を放置する事に決定した上でポツダム宣言に同意した。一方、日本政府はソ連の仲介を期待して「ノーコメント」とする方針を取り[10]、8月6日の広島への原子爆弾投下、8月9日のソ連対日参戦を回避することは出来無かった。
車いす客に階段はわせるバニラ・エアの一件について報道されてない部分
2017年06月29日
奄美の新聞で奥茂治さんの記事出ました?ヽ(・∀・)ノ
すみません、諸事情あってここ数日の新聞見てないので(;´Д`)
(主人が会社に新聞持ってく)
さて、なんとも香ばしいことが起きました。
バニラ・エアが謝罪 車いす客に自力でタラップはい上がらせる
http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/27/vanilla-air_n_17311928.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001
上記の件について、私のSNSにいただいたご意見です。
Bさん:
すみません、諸事情あってここ数日の新聞見てないので(;´Д`)
(主人が会社に新聞持ってく)
さて、なんとも香ばしいことが起きました。
バニラ・エアが謝罪 車いす客に自力でタラップはい上がらせる
http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/27/vanilla-air_n_17311928.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001
上記の件について、私のSNSにいただいたご意見です。
Bさん:
画像2枚


Cさん:
事前にボーディングブリッジを使用する機材かとか、リフトの有無とか問い合わせをするはずなんですけどね。
あまり言葉は不味いですが、パフォーマンスというかわざわざ当たりに行ってる印象があります。
ポリティカル・コレクトネスな世の中なので、こんな事言うと叩かれそうですが、
ちょっと今回の乗客の行動は異常としか思えないです。
まぁ、メディアはバニラ・エアを非難してますが。長文失礼しました
Dさん:
申し訳ないですが、立派な迷惑客です。
航空会社は慈善事業団体ではありません。お手伝いが必要なお客さまには可能な限りの支援のご提案をさせていただいた上で、ご了承頂きましてからご搭乗いただけるようにしているはずです。
ハードの部分ではどうしても出来ることと出来ないことが有りますよ。
無理矢理乗って、上空で万が一のことがあったら、それこそ誰の責任になると思っていらっしゃるのでしょうか?
乗務員はご搭乗のお客さまの命を預かっているという責任感をしっかりと教育されたプロです。
ご自身の命を安心して預けられないようなら、ご搭乗なさらない方がご自身のためかと思います。
というわけで、こちらのリンク記事もどうぞ。
バニラエアが障害者を無下に扱ったという話、実際はどうだったのか
http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20170628/1498650314
ぐずたん様Twitterより
https://twitter.com/guzutan/status/879960628340719617
バニラエア障害者タラップ騒動のバリアフリー研究所代表「木島英登」さん
ブログで「車椅子の事前申告はしない」「搭乗不可なら人権問題と騒ぐ」と記載していた事が判明し炎上
http://paradoxin.net/archives/6225
木島英登って誰?車椅子クレーマーで当たり屋との噂がネットで拡散…LCCバニラ・エアに謝罪させた男性は元電通勤務のバリアフリー研究所代表だった
http://endia.net/kijima-hidetou-vanilla-air
結論:インターネッツ怖い


Cさん:
事前にボーディングブリッジを使用する機材かとか、リフトの有無とか問い合わせをするはずなんですけどね。
あまり言葉は不味いですが、パフォーマンスというかわざわざ当たりに行ってる印象があります。
ポリティカル・コレクトネスな世の中なので、こんな事言うと叩かれそうですが、
ちょっと今回の乗客の行動は異常としか思えないです。
まぁ、メディアはバニラ・エアを非難してますが。長文失礼しました
Dさん:
申し訳ないですが、立派な迷惑客です。
航空会社は慈善事業団体ではありません。お手伝いが必要なお客さまには可能な限りの支援のご提案をさせていただいた上で、ご了承頂きましてからご搭乗いただけるようにしているはずです。
ハードの部分ではどうしても出来ることと出来ないことが有りますよ。
無理矢理乗って、上空で万が一のことがあったら、それこそ誰の責任になると思っていらっしゃるのでしょうか?
乗務員はご搭乗のお客さまの命を預かっているという責任感をしっかりと教育されたプロです。
ご自身の命を安心して預けられないようなら、ご搭乗なさらない方がご自身のためかと思います。
というわけで、こちらのリンク記事もどうぞ。
バニラエアが障害者を無下に扱ったという話、実際はどうだったのか
http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20170628/1498650314
ぐずたん様Twitterより
https://twitter.com/guzutan/status/879960628340719617
バニラエア障害者タラップ騒動のバリアフリー研究所代表「木島英登」さん
ブログで「車椅子の事前申告はしない」「搭乗不可なら人権問題と騒ぐ」と記載していた事が判明し炎上
http://paradoxin.net/archives/6225
木島英登って誰?車椅子クレーマーで当たり屋との噂がネットで拡散…LCCバニラ・エアに謝罪させた男性は元電通勤務のバリアフリー研究所代表だった
http://endia.net/kijima-hidetou-vanilla-air
結論:インターネッツ怖い
父との会話 大東亜戦争における日本軍悪玉論について(再掲載)
2017年06月28日
イイネいただいたので読み返したらなかなか面白かった(自画自賛)
2015-06-19 16:19:09
私「ねぇねぇ父上、産経新聞がさー、WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)が中国共産党が日本兵捕虜を洗脳したやり口の踏襲だったってことをイギリスの機密文書からすっぱぬいたよ」
父「フン、どうだかな」
私「その米中のパイプ役だったのが野坂参三だよ」
父「(イヤそうに)そもそも戦争起こしたのは天皇制軍国主義だろ!(怒)」
私「あのさぁ、そういうのもうやめない?」
父「なにがだ!」
私「戦前の日本が天皇制軍国主義ならアメリカとイギリスは独占資本による帝国主義でしょ?
中国とソ連ものちの日本共産党の見解ではあれは暴走した独裁国家でしょ?
じゃあ、当時の戦争で帝国主義じゃないところってどこよ」
父「・・・・・・」
私「日帝を批判するけど、じゃー、あの戦争をどうやったら止められたわけ?教えてよ」
父「しらん!」
私「しらんて・・・(笑)なんじゃそりゃ」
父「ともかく日帝が悪かったんだ!軍部が悪い!」
私「だからABCC包囲網とかの前に関東軍の満州侵攻とかいうけど、
その前に日中戦争であそこはもう日本が権益もってるからね。
三国干渉で邪魔されたけど。
しかも満州以前に中国は香港イギリスにとられてたし、いろんな国入りまくりでもうぐっちゃぐちゃだったからね。
日本の満州国を文句いうなら、香港返すべきですわね」
父「沖縄を見てみろ!日帝の犠牲者だろ」(ちょうどNHKで沖縄戦のことをしていた)
私「あの火炎放射器持ってるのが日本兵に見えるの?あなたの目はどうなってるの?
沖縄の人々を焼き殺したのはアメリカでなくてなんなの?」
父「疎開させなかった軍部のせいだろうが!」
私「対馬丸撃沈されて島外に疎開させてもほとんど確実に死ぬ状況なんですが、女子供を海に出して死なせろと?」
父「お前は一体何が言いたいんだ!(ジワジワまじギレ)」
私「軍部にも非がないとは言わんよ。治安維持法とかやったしね。
でも、いまのお父さんの論調は、日本だけを悪者にしすぎてるということよ」
父「あの戦争は軍部のせいだろ!」
私「じゃあ聞くけど、奄美が薩摩と沖縄に侵略されたわな。奄美の当時の弱かった豪族が悪いの?」
父「侵略してきた薩摩と沖縄に決まってるだろうが!あいつらは奄美の歴史を焼いたんだぞ!」
私「(笑)なんでかたや太平洋戦争、かたや奄美でそんなに見方がダブルスタンダードなわけ?
日本も奄美も同じ自国でしょうが」
父「・・・・・・・」
私「奄美を攻めて奄美を侵略した薩摩と沖縄が悪いのなら、
日本を攻めて日本を現在も支配してるアメリカが悪くて当たりまえでしょ。
宣戦布告を日本側が先にしたからというなら、その前にハルノートのことは知ってるよね?
でもって、現在も日本がアメリカによって情報統制されてるのは知ってるよね?
じゃあ、薩摩と沖縄より奄美が悪いんですね?そうなんですね?」
父「・・・・・・たしかに、ダブルスタンダードと言われたら言い返す言葉はないな・・・」
私「あの太平洋戦争・・・本当は大東亜戦争なんだけど、あの大戦を冷静に評価するのなら、軍部の暴走だけのせいにするのはあまりに日本悪玉論に染まりすぎですよ。
朝鮮戦争をみたら、当時の戦争というものがどういうものか分からない父上ではないでしょう。いろんな国の思惑がからんでる。
徳田球一が日本国憲法を見て言った言葉を、なぜ忘れてるのよ。
戦力の放棄をはじめに定めてる憲法を戦勝国が敗戦国に押し付けたこと自体、国家の独立権の侵害なんですよ」
父「・・・・・・・・」
私「日本人が日本軍悪玉論を唱えてることで得をしてる連中がいるってことを、もう少し自覚したほうがいいと思うよ。
すくなくともそれは日本共産党でもなく自民党でもない。外国のどっかの誰かなんだから」
国ってものを盲信しちゃダメだし、安易に他国に憎しみを募らせることは不毛でしかないけれども、
すくなくとも、国が象徴する「多くの人々の安寧と幸福のための共同体」を、
もっと積極的に善き理念で育てていきたいですし、
その理念で国を護り続けた神々やご先祖の思いをなるべく尊重し継承していきたいですね。
WGIPは現在進行形。
2015-06-19 16:19:09
私「ねぇねぇ父上、産経新聞がさー、WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)が中国共産党が日本兵捕虜を洗脳したやり口の踏襲だったってことをイギリスの機密文書からすっぱぬいたよ」
父「フン、どうだかな」
私「その米中のパイプ役だったのが野坂参三だよ」
父「(イヤそうに)そもそも戦争起こしたのは天皇制軍国主義だろ!(怒)」
私「あのさぁ、そういうのもうやめない?」
父「なにがだ!」
私「戦前の日本が天皇制軍国主義ならアメリカとイギリスは独占資本による帝国主義でしょ?
中国とソ連ものちの日本共産党の見解ではあれは暴走した独裁国家でしょ?
じゃあ、当時の戦争で帝国主義じゃないところってどこよ」
父「・・・・・・」
私「日帝を批判するけど、じゃー、あの戦争をどうやったら止められたわけ?教えてよ」
父「しらん!」
私「しらんて・・・(笑)なんじゃそりゃ」
父「ともかく日帝が悪かったんだ!軍部が悪い!」
私「だからABCC包囲網とかの前に関東軍の満州侵攻とかいうけど、
その前に日中戦争であそこはもう日本が権益もってるからね。
三国干渉で邪魔されたけど。
しかも満州以前に中国は香港イギリスにとられてたし、いろんな国入りまくりでもうぐっちゃぐちゃだったからね。
日本の満州国を文句いうなら、香港返すべきですわね」
父「沖縄を見てみろ!日帝の犠牲者だろ」(ちょうどNHKで沖縄戦のことをしていた)
私「あの火炎放射器持ってるのが日本兵に見えるの?あなたの目はどうなってるの?
沖縄の人々を焼き殺したのはアメリカでなくてなんなの?」
父「疎開させなかった軍部のせいだろうが!」
私「対馬丸撃沈されて島外に疎開させてもほとんど確実に死ぬ状況なんですが、女子供を海に出して死なせろと?」
父「お前は一体何が言いたいんだ!(ジワジワまじギレ)」
私「軍部にも非がないとは言わんよ。治安維持法とかやったしね。
でも、いまのお父さんの論調は、日本だけを悪者にしすぎてるということよ」
父「あの戦争は軍部のせいだろ!」
私「じゃあ聞くけど、奄美が薩摩と沖縄に侵略されたわな。奄美の当時の弱かった豪族が悪いの?」
父「侵略してきた薩摩と沖縄に決まってるだろうが!あいつらは奄美の歴史を焼いたんだぞ!」
私「(笑)なんでかたや太平洋戦争、かたや奄美でそんなに見方がダブルスタンダードなわけ?
日本も奄美も同じ自国でしょうが」
父「・・・・・・・」
私「奄美を攻めて奄美を侵略した薩摩と沖縄が悪いのなら、
日本を攻めて日本を現在も支配してるアメリカが悪くて当たりまえでしょ。
宣戦布告を日本側が先にしたからというなら、その前にハルノートのことは知ってるよね?
でもって、現在も日本がアメリカによって情報統制されてるのは知ってるよね?
じゃあ、薩摩と沖縄より奄美が悪いんですね?そうなんですね?」
父「・・・・・・たしかに、ダブルスタンダードと言われたら言い返す言葉はないな・・・」
私「あの太平洋戦争・・・本当は大東亜戦争なんだけど、あの大戦を冷静に評価するのなら、軍部の暴走だけのせいにするのはあまりに日本悪玉論に染まりすぎですよ。
朝鮮戦争をみたら、当時の戦争というものがどういうものか分からない父上ではないでしょう。いろんな国の思惑がからんでる。
徳田球一が日本国憲法を見て言った言葉を、なぜ忘れてるのよ。
戦力の放棄をはじめに定めてる憲法を戦勝国が敗戦国に押し付けたこと自体、国家の独立権の侵害なんですよ」
父「・・・・・・・・」
私「日本人が日本軍悪玉論を唱えてることで得をしてる連中がいるってことを、もう少し自覚したほうがいいと思うよ。
すくなくともそれは日本共産党でもなく自民党でもない。外国のどっかの誰かなんだから」
国ってものを盲信しちゃダメだし、安易に他国に憎しみを募らせることは不毛でしかないけれども、
すくなくとも、国が象徴する「多くの人々の安寧と幸福のための共同体」を、
もっと積極的に善き理念で育てていきたいですし、
その理念で国を護り続けた神々やご先祖の思いをなるべく尊重し継承していきたいですね。
WGIPは現在進行形。
現在韓国で拘束中の奥茂治さん(瀬戸内町出身)情報!
2017年06月28日
奄美出身の沖縄保守界重鎮・奥茂治さんの今回の義挙の関係記事です!
日本の左翼が創作し、韓国が嘘だと分かっていて国ぐるみで利用したこの【従軍慰安婦強制連行ストーリー】を、
奥さんは変えようとしてくださっています!
韓国で拘束 「慰安婦謝罪碑」を書き換えた「実行犯」の独白
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170626-00523031-shincho-kr
ヤフーニュースのコメント欄もぜひご覧下さい。
(`・ω・´)ゞ
奄美出身の保守界重鎮・奥茂治さんが韓国政府に拘束!
2017年06月27日
奄美の人間として、奥茂治さんの義挙に心からの喝采とエールを送らせていただきます!
数年前、女性保守ジャーナリスト・大高未貴さんの講演会が奄美でありましたが、
大高さんを奄美にご案内くださったのが奥さんでした!
奥さん、どうか頑張ってください!
そして韓国政府、いいかげんにしてください。
産経新聞の記者を一年拘束して世界中から叩かれたのに、まだやるんかい!!(怒)
詳細はこちらでどうぞ!!!
菅義偉官房長官「奥茂治氏に適切な支援を行なっていく」 韓国の慰安婦謝罪碑書き換えで出国禁止
http://www.sankei.com/politics/news/170626/plt1706260042-n1.html
【拡散】元自衛官・奥茂治氏を拘束、韓国警察、国外禁止措置
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/f0927eb76a1fc216e0f31640f6987d00
そもそもこの希代の国賊(というか本当に日本人だったのかも疑わしい人物)吉田清治という人物が
ぶちあげた創作『従軍慰安婦強制連行ストーリー』が、
韓国と日本に軋轢を作ったきっかけです。
それを朝日新聞というソ連のスパイ尾崎秀実を生んでくださった新聞社様が、何十年も大々的に報じてくれたおかげで、
作り話が既成事実化しました。
それを、吉田清治の長男の方が「父がしたことは間違っていた」と公表し、
生前吉田清治が自分の作り話で韓国に謝罪行脚したときに立てた「強制連行謝罪碑」を、
長男さんがただの慰霊碑につくりかえさせてたのですが、
今回その吉田清治長男さんの代理人として韓国に行っていたのが、奥茂治さんなのです。
慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」 (1/3ページ)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n1.htm
↑これのさらに詳しい背景はこちら
「慰安婦狩り捏造・吉田清治」のご子息の苦悩
https://ameblo.jp/gc57/entry-12193288830.html
「吉田清治」というミステリー
http://blog.livedoor.jp/ussyassya/archives/52093127.html
公安筋からの情報で、「吉田清治を動かしていたのはKCIA(韓国情報部)」と語られています。
本人はご長男は否定してますが、
だとすれば、「そのお金はどこから出たの?」「なんでパスポートにハンコ押されないの?」などの数々の疑問が解決できません。
日本人左翼が作った荒唐無稽ストーリーに、韓国政府がうまく乗っかったんですね。
これで全てお分かりかと思います。韓国という国にとって、被害者ビジネスがいかに大切かということが・・・・・。
結論:韓国マジでいいかげんにしてください。
数年前、女性保守ジャーナリスト・大高未貴さんの講演会が奄美でありましたが、
大高さんを奄美にご案内くださったのが奥さんでした!
奥さん、どうか頑張ってください!
そして韓国政府、いいかげんにしてください。
産経新聞の記者を一年拘束して世界中から叩かれたのに、まだやるんかい!!(怒)
詳細はこちらでどうぞ!!!
菅義偉官房長官「奥茂治氏に適切な支援を行なっていく」 韓国の慰安婦謝罪碑書き換えで出国禁止
http://www.sankei.com/politics/news/170626/plt1706260042-n1.html
【拡散】元自衛官・奥茂治氏を拘束、韓国警察、国外禁止措置
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/f0927eb76a1fc216e0f31640f6987d00
そもそもこの希代の国賊(というか本当に日本人だったのかも疑わしい人物)吉田清治という人物が
ぶちあげた創作『従軍慰安婦強制連行ストーリー』が、
韓国と日本に軋轢を作ったきっかけです。
それを朝日新聞というソ連のスパイ尾崎秀実を生んでくださった新聞社様が、何十年も大々的に報じてくれたおかげで、
作り話が既成事実化しました。
それを、吉田清治の長男の方が「父がしたことは間違っていた」と公表し、
生前吉田清治が自分の作り話で韓国に謝罪行脚したときに立てた「強制連行謝罪碑」を、
長男さんがただの慰霊碑につくりかえさせてたのですが、
今回その吉田清治長男さんの代理人として韓国に行っていたのが、奥茂治さんなのです。
慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」 (1/3ページ)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n1.htm
↑これのさらに詳しい背景はこちら
「慰安婦狩り捏造・吉田清治」のご子息の苦悩
https://ameblo.jp/gc57/entry-12193288830.html
「吉田清治」というミステリー
http://blog.livedoor.jp/ussyassya/archives/52093127.html
公安筋からの情報で、「吉田清治を動かしていたのはKCIA(韓国情報部)」と語られています。
本人はご長男は否定してますが、
だとすれば、「そのお金はどこから出たの?」「なんでパスポートにハンコ押されないの?」などの数々の疑問が解決できません。
日本人左翼が作った荒唐無稽ストーリーに、韓国政府がうまく乗っかったんですね。
これで全てお分かりかと思います。韓国という国にとって、被害者ビジネスがいかに大切かということが・・・・・。
結論:韓国マジでいいかげんにしてください。
なんとなく、クリスタル(古すぎ) 【再掲載】
2017年06月22日
2014.06月27日 00:28
なんとなく①
ある時から、なんとなく、ちょっと変わったコップの持ち方で飲み物を飲んでいた。
今もパソコンの横に水を入れたコップを置いて、飲みながら書いていた。
ふと水を飲もうとコップを持ち、自分の手をしげしげと眺めてみて、思い出した、
「これ、クチ(この場合は呪詛)除けの作法じゃん」
奄美には古代、クチと呼ばれる古式からの言霊による霊術があったが、(現在はほとんど残ってません)
クチのほとんどは病気治しや生活を便利にするものだった。
しかし、一部には、悪質なクチを使う者もいたらしい。
そのなかでも、悪質なクチは、主にお茶に吹き込んで相手に飲ませることが多かったらしい。
うちの祖母が、生前、その場合の返し法を母に教えてくれていた。
そのやり方こそが、私が数日前からなんとなくしていたコップの持ち方だった。
「うーんと・・・・ということは、数日前から・・・・ま、いっか~」
水を飲んで、またこれを打っている次第でございます。
なんとなく②
ある日、なんとなく、スマホでマテリアの滝で浄化した水晶を超アップで撮ってみた。
実にいろんなモノが撮れたwwwww
なるほど、織田無道さんはこうやって商売してたのね。
(織田無道さん本人は霊感ゼロでした。ご本人が言ってた)
ところであの人、今どこで何してるんでしょうね。
これ、ちょっとアレンジすれば、いわゆる霊感商法ができるんだろうなぁと感心しきり。
数分後には興味関心が失せました。
石さんはあくまで私にとっては女子大好きなぷちスピ系で素敵なアクセサリーアイテムなんだよ!(笑)
なんちゃって霊感はマッサージで充分です。はい。
なんとなく③
昼寝していた。
なんとなく目を覚まし、なんとなくリビングのほうを見ると、
黒い塊が、スーッとベランダの方へ移動して消えた。
(ベランダに続くドアは開けていた)
「うん?なんだあれ?オバケの足元かな?」
と三秒ほど考えて、また寝ました。
どうでもいいモノには関心ありません。
(以前も寝ていて枕元におっさんのすね毛の足が立ってたことがあった。
関心ないので一秒見てまた寝ました)
なんとなく④
昼寝をしていた。(三度のメシと同じくらいに昼寝が好き。)
寝ている耳元で、なぜか知人Xさんの声がした。(夢ではない)
Xさんの声って特徴的だよなと思っていると、
数分後、そのXさんから電話がかかってきた。
(電話が鳴った瞬間にXさんだと何故か分かった)
反射的にものすごい速さで電話をとったが、
思わず夢か現か曖昧な返事をしてしまいました(笑)
電話をおいたあと、なんとなく
「Xさん、先にこっちに念とばすなんて、めずらしいなぁ」
と思った。
あとで聞くと、Xさん、そのときはいろいろ大変だった模様。
私がそのとき敏感だったのか、
Xさんが余裕なかったのか、
いまいち不明。
なんとなく⑤
数年前、うちの父が出稼ぎに行った。
すると、母がこんなことを話す。
父が、電話で時折ポツリと「帰りたい」と言うらしい。
特にキツい職場ではないが、どうも居心地が悪いのだという。
それを聞いた私、なんとなく、ピーンときた。
「こりゃヤバイ。今すぐ父を戻さないといけない」
母を説得して、すぐに父を引き上げさせることにした。
最終的に、母が具合が悪かったので、その看病という名目で帰らせた。
返ってきたとき、父ははじめて母に自分から「ありがとう」と言ったらしい。
しばらくして、父の代わりで入った若手の子が倒れたと聞いた。
こういうとき、『なんとなく』は信じたほうがよい。
ご先祖様、教えてくださってありがとうございましたー!!!!
なんとなく①
ある時から、なんとなく、ちょっと変わったコップの持ち方で飲み物を飲んでいた。
今もパソコンの横に水を入れたコップを置いて、飲みながら書いていた。
ふと水を飲もうとコップを持ち、自分の手をしげしげと眺めてみて、思い出した、
「これ、クチ(この場合は呪詛)除けの作法じゃん」
奄美には古代、クチと呼ばれる古式からの言霊による霊術があったが、(現在はほとんど残ってません)
クチのほとんどは病気治しや生活を便利にするものだった。
しかし、一部には、悪質なクチを使う者もいたらしい。
そのなかでも、悪質なクチは、主にお茶に吹き込んで相手に飲ませることが多かったらしい。
うちの祖母が、生前、その場合の返し法を母に教えてくれていた。
そのやり方こそが、私が数日前からなんとなくしていたコップの持ち方だった。
「うーんと・・・・ということは、数日前から・・・・ま、いっか~」
水を飲んで、またこれを打っている次第でございます。
なんとなく②
ある日、なんとなく、スマホでマテリアの滝で浄化した水晶を超アップで撮ってみた。
実にいろんなモノが撮れたwwwww
なるほど、織田無道さんはこうやって商売してたのね。
(織田無道さん本人は霊感ゼロでした。ご本人が言ってた)
ところであの人、今どこで何してるんでしょうね。
これ、ちょっとアレンジすれば、いわゆる霊感商法ができるんだろうなぁと感心しきり。
数分後には興味関心が失せました。
石さんはあくまで私にとっては女子大好きなぷちスピ系で素敵なアクセサリーアイテムなんだよ!(笑)
なんちゃって霊感はマッサージで充分です。はい。
なんとなく③
昼寝していた。
なんとなく目を覚まし、なんとなくリビングのほうを見ると、
黒い塊が、スーッとベランダの方へ移動して消えた。
(ベランダに続くドアは開けていた)
「うん?なんだあれ?オバケの足元かな?」
と三秒ほど考えて、また寝ました。
どうでもいいモノには関心ありません。
(以前も寝ていて枕元におっさんのすね毛の足が立ってたことがあった。
関心ないので一秒見てまた寝ました)
なんとなく④
昼寝をしていた。(三度のメシと同じくらいに昼寝が好き。)
寝ている耳元で、なぜか知人Xさんの声がした。(夢ではない)
Xさんの声って特徴的だよなと思っていると、
数分後、そのXさんから電話がかかってきた。
(電話が鳴った瞬間にXさんだと何故か分かった)
反射的にものすごい速さで電話をとったが、
思わず夢か現か曖昧な返事をしてしまいました(笑)
電話をおいたあと、なんとなく
「Xさん、先にこっちに念とばすなんて、めずらしいなぁ」
と思った。
あとで聞くと、Xさん、そのときはいろいろ大変だった模様。
私がそのとき敏感だったのか、
Xさんが余裕なかったのか、
いまいち不明。
なんとなく⑤
数年前、うちの父が出稼ぎに行った。
すると、母がこんなことを話す。
父が、電話で時折ポツリと「帰りたい」と言うらしい。
特にキツい職場ではないが、どうも居心地が悪いのだという。
それを聞いた私、なんとなく、ピーンときた。
「こりゃヤバイ。今すぐ父を戻さないといけない」
母を説得して、すぐに父を引き上げさせることにした。
最終的に、母が具合が悪かったので、その看病という名目で帰らせた。
返ってきたとき、父ははじめて母に自分から「ありがとう」と言ったらしい。
しばらくして、父の代わりで入った若手の子が倒れたと聞いた。
こういうとき、『なんとなく』は信じたほうがよい。
ご先祖様、教えてくださってありがとうございましたー!!!!
情報戦入門~戦争広告代理店(再掲載)
2017年06月22日
ユーゴ紛争で、『民族浄化』という言葉を作ったのがアメリカの広告代理店だった
(セルビア勢力を悪者にする情報戦術として利用された)
というのはかなり驚きでした。
この言葉、いまでも普通に使われてるよね。
(え?普通じゃない?)
ユーゴ内戦、マジで勉強になります・・・・。
ドキュメント 戦争広告代理店~情報操作とボスニア紛争
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88-%E6%88%A6%E4%BA%89%E5%BA%83%E5%91%8A%E4%BB%A3%E7%90%86%E5%BA%97%E3%80%9C%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%93%8D%E4%BD%9C%E3%81%A8%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%B4%9B%E4%BA%89-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%AB%98%E6%9C%A8-%E5%BE%B9/dp/4062750961
情報操作や世論操作というものがいかに戦争や勝負の勝敗を支配するかというのは多少は理解してるつもりでしたが、
まさかここまでとは・・・・。
この本の書評を読むと、さらによく分かります。
高木徹『戦争広告代理人』書評
http://quanqiu.hatenablog.com/entry/2014/02/18/153110
この書評してる方もすごい!!!!
印象は思考より上位に立ち、先入観が判断の大きな基準になってしまう。
それは「何が正しいか」ではなく「何が印象深いか」で判断されることの恐ろしさです。
知性や理性による客観的・多角的情報分析がいかに重要であるかを改めて思います。
こういう情報戦の重要性をたくみに利用したのが共産主義だったりするわけで。
(例・朝日新聞)
ウソや事実の捏造や詐術や印象操作で騙し貶めるといえば、
エンリルやルシやベルですね。
某ブロガーさんからの情報で、
幸福の科学のアガシャー大王の霊言で
「ルシやベルが第二次大戦のときにヒトラーとゲッペルズに入っていた」
と書かれているそうです。
ゲッペルズといえば言わずと知れたプロパガンダの天才。
現代は週刊誌にルシやベルが入っていることと言い、なにかニオイませんか?
分かりやすい情報の、どこにウソや詐術や印象操作が入っているのか、
それを見抜けるようにならないといけないなぁと思います。
加害者が被害者になりすまし、被害者が加害者に仕立て上げられる。
そんな悪魔的な捏造を、許してはいけないと私は思います。
私の知らないことがいっぱいです。
まだまだ自分は何もしらないんだな~と思う。
蒋介石と宋美齢は許さん。
お仕事にっき 強さの背景
2017年06月22日
常連のお客様のご紹介のお客様・Aさん。
常連さんからうちのマッサージのことを色々お聞きになってるそうで、
「妄想でもいいので何か見えたら遠慮なく教えてください」
と先に言われる(笑)
でも一応
・うちはマッサージメインなんで、妄想はあくまでお遊びです
・お遊びだから鵜呑みにしちゃダメです
・安定して見えるわけなじゃないので、見えないことも多いので、期待しないでね
とお伝えさせていただく。
足のところに、小さなザワザワ。
そして◎◎◎に関わるイメージ。
・・・・・しょっぱなからデリケートすぎて言えねぇ・・・・・
でも頑張って伝えると、心あたりアリとのこと。
そして施術開始。
・・・・・と思いきや、ザワザワがすごすぎて全然精神統一できねー!!
(こんなことは滅多にない)
この時点で、この方は相当の重症だと分かる。
とりあえず、お客様の体の上で三河一宮鹿砥神社の本宮鈴を鳴らして低波動のものを散らす。
最近分かったんですが、鈴の音が反響するところが気をつけた方がいいところらしい。
(金属製の鈴だと、鳴らしてる時に音がくぐもる箇所がそういう場所です)
すると、◎◎と◎◎のところで音が反響する。
あ~ここに溜まってるんですね~
そして精神統一して、やっと施術開始。
ギャー!!!肩から背中がヤバイ~~!!!!
とにかくたくさんの人の声。もう東京の雑踏レベル。
これは、確実にご本人に干渉してる。
これは・・・・ただの憑依霊じゃなく、ある種の共依存関係。
ということは、ご本人の「擬似人格」(強がりの意識)の背景と思われ。
(ご本人が精神的にナイーブな時に、自己保存のために擬似人格を作って自己防衛をはかることはよくある。
大概この擬似人格は他者に対して攻撃的だったりします。
この擬似人格の正体は大体悪霊)
うーん・・・・これをどう説明したらいいものか・・・。
とりあえず、できるかぎりのご説明をさせていただきました。
(マトリョーシカのたとえでご説明。一番中のちっさいのが本当の人格で、その周りのガワは全部自分を守るために作った擬似人格。
ガワを自分だと思い込んでると負担はずっと自分にくる。これを解消するには一番芯の小さな自分を大きくしていくこと。それには自分の善なるご縁を信じることや神仏やご先祖からの加護・指導への確信、周りの人への感謝など)
すると、私のご説明に心当たりがあるのか、ご納得いただけたご様子。
右腰に、お母様から怒鳴られてる声。お聞きすると、小さい頃、お母様が攻撃的だったらしい。
その他にもいろんなの。全部お伝えしたら、大体心当たりがあるらしく
「本当に野崎さんは霊感ないんですか」
と驚かれてました。
ないんですねこれが~(笑)
(゜∀。) ワヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
だって、先日させていただいたお客様も、その前のお客様も、全然なんも感じませんでしたもん。
一体どうなっとるんだこれは。
これまでのマッサージで分かったことまとめ。
「過去で自分の心が受け止めきれなかった出来事は、体が記憶・蓄積します。
だから、『なかったこと』にできる出来事など、実はどこにもありません。
すべては心が受け止めるまで、体にポケットつくって溜めてます。
(悪事や罪も全部記憶してます。そういうモノはコールタールみたいにベットリくっついてる。これだけはいくらマッサージしてもとれません。たぶん本人が反省するまでとれない)
だから、体がつらい人は、過去に棚上げにしたことがないか、封印してる過去はないか、ご自分をよく振り返ってみてください。
体の声を聞いてあげて、その時の自分に語りかけ、納得させてあげてください。
体が「これをしてほしい」と求めてることがあれば、それをあなた自身がしてあげてください。
抑圧から解放してほしいのか?自分の声を出したいのか?周りに認めてほしいのか?それにはどうしたらいいのか?正直にご自分に聞いてみてください。
納得させるのに罪の償いや徳を積む布施行が必要な場合は、素直にその心の声にしたがってあげてください。
誰かの恨みがきてる時は、誰かを傷つけた過去を素直に反省し、謝罪してください。」
ぜひとも、心の声を聞くことで、自分の過去と正しく向き合えますように。
自分の体に効く最も簡単な方法は、Оリングです。
この場合、信頼できる人にやってもらうといいです。
ただし、過去から逃げようとしてる人は自己保身が先に立って肉体反射レベルで抵抗しようとするので、
まず自分の過去を振り返り整理・分析する「反省行」を先にされたほうがいいと思います。
あと、自分でどうしても自分の問題点がわからないときは、思い切って自分の赤裸々人生年表を書いて、それを信頼できる人に読んでもらうこともオススメです。
過去に対して隠し事をしようとすると自己保身状態がいつまでもキープされますので、
自分で保身のカラを破れないときは、無理やり他人にぶち破らせるシチュエーションをつくるのもオススメです。
こういうことを普通に書いてる私って、エグい?(笑)
ぽえむん「終わりなし」
2017年06月20日
なぜ私はあなたのところにいるのだろう
誰かに言われたのかもしれない
そこに言ってお前の気づきを話せと
それが誰かは分からない
でも私はここにきた
だから聞いてほしい
私の人生の積み重ねなどが
どの程度の価値があるかは分からない
でも 私の経験が
誰かの何かに役立ってもらえたら嬉しい
私の人生はまことに罪が深かった
何度も何度も地獄と呼ばれるところに落ちた
這いずって這いずって
なぜ神はこんな人生を与えるのかを問うた
答えは誰もくれなかった
私の生きた時代に希望などどこにもなかった
誰かを犠牲にしなければ生きていけなかった
生とは何か
もがきながら繰り返した
罪を重ね
失敗を繰り返した
後悔ばかりだった
俺の人生なんてこんなもんか
転落なんて簡単にできる
生きるため 自分を守るためならなんでもやった
人殺しが飽きたら泥棒になって
泥棒が飽きたら詐欺師になって
いや 飽きたんじゃない
心からウンザリして
自分にウンザリして
自分がイヤでたまらなくて
何度も何度も繰り返すことが
やがて心底からイヤになって
その度に
ほんの少し
ほんの少しだけ
その次の生き方を変えていた
その繰り返し
繰り返す自分の生き方
繰り返す失敗 繰り返す罪
心の底からイヤになり
少しだけ軌道を変えて
またやらかして
また繰り返して
また心底イヤになって
また少しだけ変えてみる
それを繰り返し
何回目だろう
ある人生でそれは起きた
きっかけがなんだったのかも忘れたけれど
そこにいた誰かを心底から助けたいと思ったんだ
その時 何かが頭の奥から湧いてきて
俺に教えてくれた
助ける方法を
その時俺は助けたいと思った人を助けることができたんだ
やがて死んだあと
光る人が俺にこう言った
“お前があの時誰かを助けたいと心から思った時に
浮かんだものは
お前の前世の記憶
お前はその方法で いくつもの罪を犯した
でも今回 はじめてお前はその方法で人を助けた
忘れないでほしい
お前のすべての経験は 決して消えない
だからそれを誰かのために使え
お前がその武器で傷つけた以上の数の人を その武器で助けよ
その時お前はお前自身を救うだろう”
と
光る人が言うことが俺には分かった
ああ
これが俺の生きる道か
光る人は
ずっと待ってたんだろう
本当の苦しみはここからだった
誰かを助ける人生
かつての仲間・・・・・もうひとりの俺が囁きかける
“お前にその価値はあるのか?お前にその資格はあるのか?”
“そんなことをしてもお前の罪は消えないぞ?”
“お前はどうせこっちにくる
そんなキレイな世界にいつまでもいれるわけがない”
誰かを助けていても
心にはどこかに虚しさがある
俺はここにいていいのか?
俺は偽善者じゃないか?
でも俺にできるのはもうこの道だけ
俺は血を流すことに飽きたから
今度は飽きるまで血を拭い続けるんだ
いつかこれも飽きるんだろうか
でも俺は自分が今やりたいからやるんだ
だから邪魔するな
俺はやりたいことをやるんだ
光だろうが闇だろうが関係ないんだ
俺は誰かを守るんだ
正直に言うよ
何度か落ちた
仲間の誘惑に負けて・・・いや 昔の自分に負けて
人助けしながら 途中で落ちた
仲間は嘲笑った
そしてまた俺は罪人に逆戻り
でも
最後にそこで分かった
俺はもう この罪だけの世界に心底飽きてたのが分かった
誰かを傷つけてその時だけの自尊心を満足させるのはもう十分だった
その時だけの欲望にまみれるのももう十分だった
そんなのこれまでイヤというほどやってきたんだ
仲間を見て思った
ああ こいつらはまだ飽きないんだな
俺はもういいや
そして俺はまた戻る
途中まで登った階段
また一段目から
でも もう迷わない
ここは飽きないから
ここはあったかいから
ここは俺が生きてていい場所だから
ここは俺のしたことで周りが笑ってくれるから
ここが俺の道だから
また一段ずつ
一段ずつ
ある日こんなヤツと出会った
そいつはかつての俺だった
そいつは人助けの道を途中で落ちたヤツだった
そいつは自分に絶望していた
かつての俺を前に俺は言った
“お前の経験は無駄じゃないかならず意味がある”
“だから諦めるな”
そいつは泣いて俺に手を合わせてくれた
その時分かったんだ
俺はそいつにとって
あの時の光る人だった
光る人がどこかで
優しく微笑んでくれている気がした
これが俺・・・・私の人生
あなたになんとなく似てるだろう?
だから私はあなたのところにこれを伝えたのかもしれない
だからあなたに伝えたい
あなたを通して伝えたい
いま暗がりにある者を
どうか裁かないでほしい
たしかに罰も必要なのかもしれない
でも 暗がりにある者に
本当に届くのは
罰じゃないんだ
あったかさなんだ
彼らもいつか分かる
いつか飽きる
いつか繰り返す自分に耐えられなくなる
かつての私のように
その時に
あなたは裁く人でなく
光る人であってほしい
これがちっぽけな私の魂の記憶
ぽえむん「伝言」
2017年06月20日
国滅びれども
国滅びず
道失われど
道無くならず
形は変えても
また寄せる波
手のひらから零れた愛は
すでにその手に再びある
姿が同じではないだけ
その器が同じではないだけ
故に 知るがよい
失われしもの
滅びしもの
すべては幻
本来のものは微塵も欠けてはおらぬ
ただ
纏う衣が違うだけ
そなた
魂(たま)を観るなら
外見(そとみ)に惑う事なかれ
よいか
修行とは
外見に揺れる揺れぬも測られるのぞ
天から見れば
そなたまだまだ赤子なり
過去の時代の傷癒えぬのは
今が過去のそのものであるのを
心で繋げぬ外見の眼
外見を捨てて魂(たま)を見よ
あの時零れし命等も
今またそなたの傍に在り
それすら見抜けぬそなたの眼
瘡蓋かかりておるのやら
今そなたを支える者の手は
あの日そなたが失いて
悔やみ続けた命なり
何故にそれらがわからぬか
何故にそれが見えぬのか
いつまで己の悲しみを
抱きしめ続けるつもりでおるか
私心(わたくしごころ)もいいかげん
見切りをつけねばその眼(まなこ)
濁ったままでいるうちは
過去も未来もからまりて
解けぬ因果の糸玉の
災い招くは無理解が
罪の愚かさ知らぬ故(ゆえ)
恐れを越えよ
恐れを越えよ
過去は目の前にあるぞ
過去は今ぞ
思い伝えたき者らはすでに傍におるのぞ
悔やむなら歩け
前へ
今朝の夢 とあるお祓いに付き合う
2017年06月20日
今朝の夢。
私の住んでるちっさな住宅街の入口で、ちっさな追突事故が起きる。
私はパニックになるが、でも当事者の女性二人は冷静。
警察も呼ばず、お互いに「あとでやりとりしょう」と話してまるで何事もなかったかのようにその場を去る。
え?そんなんでいいの?保険も警察に書類書いてもらえないと出ないのに???と私は不思議な思いでそれを見送る。
場面が変わり、さっきの当事者片方らしい女性(50代くらい。美人)が、
私と話している。私は聞き役。
どうも、ある霊能者さんにのめり込んでいるらしく、その人のことを私に勧めている。
私は「はぁ~そうですか~」とあまりさして関心もなく聞いている。
場面が変わり、何故か私は知らない人の家にいる。
そこには30代くらいの男性(さっきの女性に関係あるらしい。息子さんなのか弟さんなのかは不明)と、小さな女の子がいる。
すると、あちこちの家具が勝手に動き出す。
まるで誰かが動かしてるかのようにおちる。
場面が変わり、私は何故か別の霊能者と一緒に女性の家にいる。
どうも、さっきの人の家の怪異の原因が、実家の方にあるという結論に至ったらしい。
(そこまでの経緯は不明)
女性の家はとある集落の一番奥にあたる。
かなりおしゃれな家にしていて、ところどころにお金に余裕がある暮らしぶりを見て取ることができる。
その霊能者は普通にお茶を飲んでいて、私はそこのおうちの娘さんとしてなぜか登場してる超霊感少女・Aちゃんと遊んでいる(笑)
ふとトイレに行きたくなり、トイレに行くと、ドアを間違えてしまったらしく、お風呂場に行ってしまう。
すると、中から半裸の男性(30代くらい)が出てきてビックリする。
男性は私が間違えて入ったということを知ってるにも関わらず、やや意地悪そうに「俺達の裸が見たかったの?ねぇねぇ」などと聞いてくる。
ということは、ここは洗面所兼脱衣所だけど、奥はかなり広くて、中に何人か男性がいるらしい。
そこで謝りながらふと手洗いの鏡を見ると、やたらと曇っている。
私はそそくさとそこを出て戻る。
戻ってしばらくすると、やはり家の家具が勝手に動き出す。
大人の男性じゃないと動かせない大きな脚立がスーッと水平移動する。
それを見た霊能者さんが、いきなり唐突に
「今からお祓いしますね」
と呼びかけ、大人のご家族全員に居間に集まるようにと告げる。
霊能者さんは床の間の掛け軸なのか?部屋の左端に手をあわせている。
霊能者さんは右膝にケガをしてるらしく、包帯を巻いている。
(よく考えたらその霊能者さんはズボンをつけてたはずで、包帯が見えるわけはないのに、なぜかその瞬間私の目には包帯が見えた)
みんなでお経を読むということになり、私は自分のバッグから正心法語をだそうとしたら、
なんかの知らないお経の経本みたいなのをみんなが出したのでビックリした。
(よく考えたらこのご家族は幸福の科学信者という設定じゃないから至極当然なんですけど)
私はこちらのお経は解らないので黙ってきいておく。
すると、霊感少女Aちゃん(この家のお嬢さんという設定)が、小声で
「どう詠んでいいのか解らない」
というので、
私が小声で「ここはこう詠んで~」と教える。
しかしなぜ私は知らないお経の詠み方を教えているのか?(笑)
すると、お経の唱和がはじまってから、
お子さんたちが数人が外から帰ってきたらしく、あちこちでバタバタ走り回ったり悪びれることもなく部屋を覗き込んだりしてきた。
私はこの時点で「母親少しは叱れよ!」と怒りがメラメラ。
霊能者さんは平常心そのもので、黙ってお子さん達も入れる。
なぜかAちゃんが怯え始めたので、
私は自分の左手をAちゃんの膝の上において、Aちゃんを安心させるようにして、
右手だけで手を拝む形をつくって、お経を唱えている。
(なぜか知らんはずのお経をもう唱えてるwww)
お経をひととおり詠んだあと、休憩することになったらしく、
みんな部屋から出ていく。
すると、リビングの方で声がする。
覗いてみると、あの女性が、霊能者さんに
「あそこでお経を唱える必要なんか本当にあったんですか!私はないと思いますけどね!」
とキンキン声で怒鳴っている。
霊能者さんは平常心そのものという無表情で聞いている。
たしかこの女性は、別の霊能者リスペクトだったからなぁと思いながらも、しかし失礼な態度じゃなと思っている。
しかしこの家のこの空気はなんだろう。一見明るいのに、どうも寒い。
全部が自然に見えるのにどうにも違和感がある。しかし違和感の正体が解らない。
不思議に思いながら、私はなぜかまたトイレと間違えてお風呂場のドアを開けてしまう。
すると、そこに先に入ってたらしい女性がいる。女性はきまずそうにすぐに出ていこうとする。
「あ、ごめんなさ・・・・」
と私も声を掛けようとした瞬間、気づいた。
この人はさっきまでこの家のどこにもいなかった。
私はとっさにその女性2の腕に柔らかく抱きつき、
「ちょっと待ってくださ~い」
と、なるべく威圧的でない明るい口調で女性2を引き止めた。
女性2はキョトンとした感じで私を見ている。
「あなた、それ、◎◎会社の制服ですよね♫
私の叔父もそこに勤めてるんです~」
女性2「あ!野崎さんですか?」
私「そうですそうです!」
女性2「野崎さんにはとてもお世話になりましたー」
私「もしかして、△△さん?」
女性2「え!おぼえてくれてたんですか?うれしー!」
私「ところで、こちらにはどうして?」
女性2「えっと・・・ちょっと・・・・」
私はなるべく刺激しないように優しい口調のままで
私「あなた、本当はここにいるはずがない人なんじゃないですか?」
女性2「・・・・バレました?」
私「だって、この時間帯に◎◎会社の制服つけてる人がいるわけないんですもん。それにうちの叔父さん言ってました。△△さん、やめたと同時に本土に引き上げたって」
女性2「・・・・・・・・・・・」
女性2は寂しそうに微笑んだ。
女性2「野崎さん、私、いくつに見えます?」
私は女性のその透き通るようなむきたての卵のような美しいお肌をみて、20代前半、下手したら10代後半だと思っていた。まるでモデルさんのような美人な女性。
女性2「私、まだ21なんです。
あの会社やめたくなかったんです。
でも、耐えられないことが外であって。
飲み会で、年上の知らない男にたくさん飲まされて。
気づいたら五人くらいに。
そのあとも何回も。
お医者さんに行って、頑張って手術もしてもらったけど、
もう戻らないって。
私、それで・・・・・・・」
私「分かった。もういいよ。会わせたい人がいるから、一緒にいこ?」
私はまるで盲目の人を誘導するように、両手で女性の手をひいて、居間にゆっくりと丁寧に誘導していった。
霊能者さんはまるで待ってたかのように居間の入口に立っていた。
私は女性の手を優しくとり、霊能者さんにその手を託した。
そこで夢から覚め、でもなんとか探ろうとした。
なぜその女性2の霊はあの家にいたのか・・・・・。
そこで、ハッと気づいた。
最初に間違えて入った風呂場。
中にいた風呂上りの半裸の男性。
奥にはもう数人の男。
もしや・・・・・あの男性達が・・・・・・・。
あの鏡の曇りが・・・・・・。
じゃあ、私ははじめから引っ張られてた?
霊能者さんがあの時あげたお経は、霊を実体化させやすくしたのか?
私は心のなかで女性2に聞いた。
私「これからどうするの?」
女性2「もう少しで終わるの。あの男達に苦しんでもらって、それで・・・・。
もうすぐなの。
だから・・・・・・」
私「うん。霊能者さんはきっと待っててくれるよ。だから、他の人は傷つけないであげてね」
女性2「・・・・・・・・・・・」
直接的には傷つけなくても、その家族は悲しむだろう。それが分かるから、女性2は黙ったのだろう。
おそらく男性達は、これから痛々しい事になるだろう。でも私はそれを止められないしとめる気もない。
そこで電話の音で目が覚めました。
【追記】
説明がたりなくて、一部の方に誤解やご心配をおかけするかもしれないと思い、追記させていただきます。
女性2とのやりとりは、夢内容なので架空とはいえ、万が一にも特定されないように、関係者情報をあらかじめ改変しております。
実際は主人の叔父さんの会社などありません。そもそも主人の関係者ではありません。便宜上わかりやすくするためにそのようにさせていただきました。(実際はもっとわかりづらい私の古いご縁の方)
もしもこちらのご説明が足りなかったことでご心配された方がおられましたら、慎んでこちらの説明不足をお詫び申し上げます。
こんなリアルな夢、久しぶりじゃ!!!!
徳之島はやっぱりすごい島だった!!
2017年06月19日
幸福の科学の映画上映で人生3度目の徳之島へ。
映画上映会自体は細々としたものでしたが、
そこで、すごい出会いをいただけることに!!!!
Isamu さんという方。(地元の信者さんとご縁のある方。この方自身は無宗教)
この方がまた凄まじい博識でいらっしゃる!!
スピ系から民俗学から歴史から宇宙系から、
ハッキリ言って、私は一人の人からこれほどまでの情報を聞いたことがございませんでした。
Isamu さんご自身は霊感はない(とご本人言ってたが私はご本人が無自覚なだけかわざと隠してるかのどっちかだと思っている)そうですが、
今まで島内や本土、外国のいろんな霊能者・異能力者と関わったり島内案内した経験から、
徳之島のあらゆるスピ的側面にも相当の見識をもっておられる。
(もちろん鵜呑みにせず、ご本人は客観的な分析をされている)
脱帽です・・・・・・・・・
次の日、わがままを言って観光案内をお願いさせていただきました。
徳之島の信者さんAさんがお車を出してくださり、主人と私はすっかりお世話になりっぱなしでした・・・・。
また、この18日が濃かった!!!!!
母間の線刻画




蛇神石。ちゃんと拝所として結界をつくってある本格的な場所。
Isamu さんによると、「農業や焼き物業など、土にさわる仕事の人が拝むといい場所」
だそうです(この石の延長線上の山の奥に、大蛇を祀る場所があるとのこと。いわば神社と奥宮の位置づけ?)


鬼の足跡



ムシロ瀬



弁当食べた気持ちのいい川
Isamuさんによると、徳之島でも重要なところだ推定しているらしい。
( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
(その昔、徳之島で重要な祭りを触れ回る起点がここにあたっていたとのこと)
たしかに川や港って地域の交易の中心になりますからそこに町ができますからね。ここの川は広いのでいろんな出入りができそう。

陸の中の海 ウンブキ
Isamuさんはここよりもすごい場所を知ってるそうですが、時間の関係上行けませんでした。



犬の門蓋
Isamuさんの説では、「本当は【海の門蓋】ではないか」とのこと。
インは徳之島の方言では海という意味にもなるらしい。
Isamuさんによると、「ここは現在は劣化しまくったけど元々は巨大な人工物で、超古代の神殿跡じゃないか」とのこと。
(厳密には、遺跡などは違う年代で違う使い方をしてたりするので、「これだけに使われてた」という断定は難しい)
ちなみに今まで連れてきたいろんな霊能者は、みなさん「古すぎて読めない」とのお答えだったとか。




面白いことに、手前の岩は黒いのに海側の小さな岩は白い。波の関係かな?

戸森の線刻画(この入口の木の根元の岩からすごい雰囲気がする。Isamuさんは徹底して調べたそうですが何もみつからなかったそうです)

もうIsamuさんの知識と経験の凄さには驚くばかりでした。
今回の徳之島の旅、ウルトラ濃いものでした・・・・。
ここには書けないやばい話もたくさん聞かせていただいた!!
まぁなんだ。知らんほうがいいこともあるということだ。
私は眼をキラキラさせながらお聞きしたけどねぇええええええ
(それでもIsamuさんは本当にヤバイのは話してない。
本当にヤバイ話は、話してるだけで“呼ぶ”のをご存知なので、
途中でさりげなくそれ以上踏み込む話をさわりだけでやめてたりする)
徳之島、凄まじく霊的な島じゃった・・・・・。
Isamuさんいわく「本当にすごい場所はほとんど山にある」とのこと。
そうですよねー(*>ω<)(>ω<*)ネー
ただし、ハブや虫や猪などの事情で、「入るなら絶対に寒い時期がいい」とのこと。
「今まで日本中のいろんな霊能者連れて行って、みんなが例外なく「ここはすごい!」ってビックリする場所もあるよ」
とのこと。(もちろん、素人が簡単に行ける場所ではありません)
「面白いことにね、そのスポットの50メートル圏内に入ると、そういう人は、呼ばれるみたいでね。もうボクが道を教えなくても先に行っちゃうんだよね。ある時なんか、ボクが道間違えたら、「そこじゃないですよ、あっちですよ」って、はじめてきた人に教えられた(笑)」
あと、「久高島か雨気岳(天城岳)か」と言われるようなレベルの霊山が天城岳だそうです。
やっぱりそうだったか・・・・・・・
徳之島は絶対ハズしちゃダメな場所だと思ってたけど、まさかここまでとは・・・・
以前から何度か夢で徳之島の遺跡に呼ばれる夢は見てたけど、
まさかここでこんなすごい情報が得られるなんてー!!!
(私は母方の祖父が伊仙町の馬根です。祖父は山神を見たりケンムンを見たりクチ(呪文)が使えたりと、相当霊感のある人だったらしい)
もう書きたいことばかりだけど、書けないのが残念無念。
でも、中途半端に知るとよくない内容もあるので、やっぱり書かない方がいいかもね。
(バランス感覚を持ってない人が知ると悪影響がでかねない)
私が「Isamuさんのこと、徳之島のアカシックレコードと呼んでいいですか!」と言ったら苦笑いしてました(笑)
触れられる限界としては
・徳之島にもあった「太子信仰」
・徳之島にもいた「オアンネス」(人魚)
・徳之島にもあった古墳(Isamuさんによると円墳と思われるものがあるそうです)
・徳之島にもいた巨人(掟大八とかね)
・徳之島にもいた忍者(Isamuさんは「忍者徳之島発祥説」を唱えている)
・イヤシロチの見分け方と使い方
・霊道と水脈について
もう、これだけで十分に胸アツ!!!!!(笑)
私個人的には、徳之島のとあるノロの末裔の方が、現在東京で知る人ぞ知る超霊能者だったということも驚きでした。
(なんせスポンサーが皇族のとある方。その方は、今でも時々お弟子さんを伴って徳之島にきては、いろんな場所の無縁霊を人知れずご供養されてるそうです。また、徳之島では時々講演会をされてるんだとか。この方のご供養のご案内もIsamuさんはしておられるらしい)
この方です。
松堂玖邇(しょうどうくに)さん
https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E5%A5%B3-%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E8%AA%95%E7%94%9F%E2%80%95%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E5%B3%B6%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%A5%9D%E5%A5%B3-%E3%81%AE%E3%82%8D-2%E4%B8%876000%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2/dp/4894511266
徳之島の信者さんAさん、そしてIsamuさん、この度はまことにありがとうございましたー!!!!!!
徳之島、またくるぞ~!!次こそは闘牛も見るぞ~~~!!!!
個人的メモ。
花徳集落で、胸に霊的な呼びかけがきた。たぶん女性。
でもIsamuさんに聞いても、そんな伝説はないとのこと。
もしかしたら私個人に関わるかもしれないので、メモメモ。
個人的メモ2。
徳之島から帰島した19日の朝の夢。
・夢を見たが内容は覚えていない
・ほんのわずかに覚えているのは、
「なんでここに来なかった!」と怒る男性
(もしかして戦艦大和の慰霊碑だったら、今回は素通りしてすみません。今回はIsamuさんにお任せしたので行けなかったのです。次回の機会にはぜひご参拝させていただきます・・・・)
・夢の中から、起きる直前まで、繰り返しどこかで聞いたような軍歌が流れている。こんなことははじめて
あとでフレーズで検索したら『抜刀隊』でした。
なんで抜刀隊・・・・・・
個人的メモ3。
これを書いていたら、いきなり「按司ニッチェー」の名前が脳裏に出てきた。
『奄美の伝説』読んでたのは高校生の時だし、
誰だそれと調べてみたら、ビックリ!!!!!
うっすら私が覚えてた、徳之島の伝承だと長年思ってたエピソードは、
記憶違いで本当には与論島の伝承だった。
それこそ「按司ニッチェー」でした!!!!!!
誰か知らんけど教えてくださってありがとうございました!!
インスピすごすぎ…((((;゜Д゜)))
映画上映会自体は細々としたものでしたが、
そこで、すごい出会いをいただけることに!!!!
Isamu さんという方。(地元の信者さんとご縁のある方。この方自身は無宗教)
この方がまた凄まじい博識でいらっしゃる!!
スピ系から民俗学から歴史から宇宙系から、
ハッキリ言って、私は一人の人からこれほどまでの情報を聞いたことがございませんでした。
Isamu さんご自身は霊感はない(とご本人言ってたが私はご本人が無自覚なだけかわざと隠してるかのどっちかだと思っている)そうですが、
今まで島内や本土、外国のいろんな霊能者・異能力者と関わったり島内案内した経験から、
徳之島のあらゆるスピ的側面にも相当の見識をもっておられる。
(もちろん鵜呑みにせず、ご本人は客観的な分析をされている)
脱帽です・・・・・・・・・
次の日、わがままを言って観光案内をお願いさせていただきました。
徳之島の信者さんAさんがお車を出してくださり、主人と私はすっかりお世話になりっぱなしでした・・・・。
また、この18日が濃かった!!!!!
母間の線刻画




蛇神石。ちゃんと拝所として結界をつくってある本格的な場所。
Isamu さんによると、「農業や焼き物業など、土にさわる仕事の人が拝むといい場所」
だそうです(この石の延長線上の山の奥に、大蛇を祀る場所があるとのこと。いわば神社と奥宮の位置づけ?)


鬼の足跡



ムシロ瀬



弁当食べた気持ちのいい川
Isamuさんによると、徳之島でも重要なところだ推定しているらしい。
( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
(その昔、徳之島で重要な祭りを触れ回る起点がここにあたっていたとのこと)
たしかに川や港って地域の交易の中心になりますからそこに町ができますからね。ここの川は広いのでいろんな出入りができそう。

陸の中の海 ウンブキ
Isamuさんはここよりもすごい場所を知ってるそうですが、時間の関係上行けませんでした。



犬の門蓋
Isamuさんの説では、「本当は【海の門蓋】ではないか」とのこと。
インは徳之島の方言では海という意味にもなるらしい。
Isamuさんによると、「ここは現在は劣化しまくったけど元々は巨大な人工物で、超古代の神殿跡じゃないか」とのこと。
(厳密には、遺跡などは違う年代で違う使い方をしてたりするので、「これだけに使われてた」という断定は難しい)
ちなみに今まで連れてきたいろんな霊能者は、みなさん「古すぎて読めない」とのお答えだったとか。




面白いことに、手前の岩は黒いのに海側の小さな岩は白い。波の関係かな?

戸森の線刻画(この入口の木の根元の岩からすごい雰囲気がする。Isamuさんは徹底して調べたそうですが何もみつからなかったそうです)

ちなみにここの一号基の発見者がIsamuさんだそうです(昔から言われてた線刻画を探してたときに発見したそう)
今現在は合計3基見つかっています。Isamuさんいわく「探せばまだあるはず」

上の岩の線刻画をイラスト書きおこししたもの


3つの線刻画のなかでもっとも鮮明な二号基。ハッキリと船が書かれているのが分かります


上の岩の線刻画をイラスト書きおこししたもの

もうIsamuさんの知識と経験の凄さには驚くばかりでした。
今回の徳之島の旅、ウルトラ濃いものでした・・・・。
ここには書けないやばい話もたくさん聞かせていただいた!!
まぁなんだ。知らんほうがいいこともあるということだ。
私は眼をキラキラさせながらお聞きしたけどねぇええええええ
(それでもIsamuさんは本当にヤバイのは話してない。
本当にヤバイ話は、話してるだけで“呼ぶ”のをご存知なので、
途中でさりげなくそれ以上踏み込む話をさわりだけでやめてたりする)
徳之島、凄まじく霊的な島じゃった・・・・・。
Isamuさんいわく「本当にすごい場所はほとんど山にある」とのこと。
そうですよねー(*>ω<)(>ω<*)ネー
ただし、ハブや虫や猪などの事情で、「入るなら絶対に寒い時期がいい」とのこと。
「今まで日本中のいろんな霊能者連れて行って、みんなが例外なく「ここはすごい!」ってビックリする場所もあるよ」
とのこと。(もちろん、素人が簡単に行ける場所ではありません)
「面白いことにね、そのスポットの50メートル圏内に入ると、そういう人は、呼ばれるみたいでね。もうボクが道を教えなくても先に行っちゃうんだよね。ある時なんか、ボクが道間違えたら、「そこじゃないですよ、あっちですよ」って、はじめてきた人に教えられた(笑)」
あと、「久高島か雨気岳(天城岳)か」と言われるようなレベルの霊山が天城岳だそうです。
やっぱりそうだったか・・・・・・・
徳之島は絶対ハズしちゃダメな場所だと思ってたけど、まさかここまでとは・・・・
以前から何度か夢で徳之島の遺跡に呼ばれる夢は見てたけど、
まさかここでこんなすごい情報が得られるなんてー!!!
(私は母方の祖父が伊仙町の馬根です。祖父は山神を見たりケンムンを見たりクチ(呪文)が使えたりと、相当霊感のある人だったらしい)
もう書きたいことばかりだけど、書けないのが残念無念。
でも、中途半端に知るとよくない内容もあるので、やっぱり書かない方がいいかもね。
(バランス感覚を持ってない人が知ると悪影響がでかねない)
私が「Isamuさんのこと、徳之島のアカシックレコードと呼んでいいですか!」と言ったら苦笑いしてました(笑)
触れられる限界としては
・徳之島にもあった「太子信仰」
・徳之島にもいた「オアンネス」(人魚)
・徳之島にもあった古墳(Isamuさんによると円墳と思われるものがあるそうです)
・徳之島にもいた巨人(掟大八とかね)
・徳之島にもいた忍者(Isamuさんは「忍者徳之島発祥説」を唱えている)
・イヤシロチの見分け方と使い方
・霊道と水脈について
もう、これだけで十分に胸アツ!!!!!(笑)
私個人的には、徳之島のとあるノロの末裔の方が、現在東京で知る人ぞ知る超霊能者だったということも驚きでした。
(なんせスポンサーが皇族のとある方。その方は、今でも時々お弟子さんを伴って徳之島にきては、いろんな場所の無縁霊を人知れずご供養されてるそうです。また、徳之島では時々講演会をされてるんだとか。この方のご供養のご案内もIsamuさんはしておられるらしい)
この方です。
松堂玖邇(しょうどうくに)さん
https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E5%A5%B3-%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E8%AA%95%E7%94%9F%E2%80%95%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E5%B3%B6%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%A5%9D%E5%A5%B3-%E3%81%AE%E3%82%8D-2%E4%B8%876000%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2/dp/4894511266
徳之島の信者さんAさん、そしてIsamuさん、この度はまことにありがとうございましたー!!!!!!
徳之島、またくるぞ~!!次こそは闘牛も見るぞ~~~!!!!
個人的メモ。
花徳集落で、胸に霊的な呼びかけがきた。たぶん女性。
でもIsamuさんに聞いても、そんな伝説はないとのこと。
もしかしたら私個人に関わるかもしれないので、メモメモ。
個人的メモ2。
徳之島から帰島した19日の朝の夢。
・夢を見たが内容は覚えていない
・ほんのわずかに覚えているのは、
「なんでここに来なかった!」と怒る男性
(もしかして戦艦大和の慰霊碑だったら、今回は素通りしてすみません。今回はIsamuさんにお任せしたので行けなかったのです。次回の機会にはぜひご参拝させていただきます・・・・)
・夢の中から、起きる直前まで、繰り返しどこかで聞いたような軍歌が流れている。こんなことははじめて
あとでフレーズで検索したら『抜刀隊』でした。
なんで抜刀隊・・・・・・
個人的メモ3。
これを書いていたら、いきなり「按司ニッチェー」の名前が脳裏に出てきた。
『奄美の伝説』読んでたのは高校生の時だし、
誰だそれと調べてみたら、ビックリ!!!!!
うっすら私が覚えてた、徳之島の伝承だと長年思ってたエピソードは、
記憶違いで本当には与論島の伝承だった。
それこそ「按司ニッチェー」でした!!!!!!
誰か知らんけど教えてくださってありがとうございました!!
インスピすごすぎ…((((;゜Д゜)))
6/17(土)徳之島町文化会館2階で映画『君のまなざし』上映会です!
2017年06月16日
いよいよ明後日、映画『君のまなざし』上映会を徳之島でさせていただきます!
私も徳之島にいきまっせー!!!(笑)
もちろんうちの主人と一緒です(笑)
場所:徳之島町文化会館2階会議室
時間:①13:30~ ②16:00~ ③18:30~
(一日計3回上映)
大人1400円 高校生以下800円

<<徳之島上映案内>>
●日時: 6/17(土)
①13:30~
②16:00~
③18:30~
●場所:徳之島町文化会館
●チケット: 大人1400円 高校生以下800円
徳之島の皆様、会場でお会いしましょう☆
私も徳之島にいきまっせー!!!(笑)
もちろんうちの主人と一緒です(笑)
場所:徳之島町文化会館2階会議室
時間:①13:30~ ②16:00~ ③18:30~
(一日計3回上映)
大人1400円 高校生以下800円
<<徳之島上映案内>>
●日時: 6/17(土)
①13:30~
②16:00~
③18:30~
●場所:徳之島町文化会館
●チケット: 大人1400円 高校生以下800円
徳之島の皆様、会場でお会いしましょう☆
Posted by アマミちゃん(野崎りの) at
01:34
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