国防の危機にいまなにができるのか
2011年10月29日
そういえば、去年の10月に「尖閣と奄美の平和を守ろう行進」をしたなーと思い出した。
たった26名のデモ。「奄美は日本のものだ!尖閣も日本のものだ!日本の領土を護ろう!」と叫んだ。
幸福実現党の選挙活動をしていた私に、ほとんどの党はそっぽをむいた。
共産党からは露骨に罵倒された。「あんた、幸福実現党なんでしょ?何言ってるの?」と。
幸福実現党とは関係ないと説明しても、避けられた。
これが奄美なのか、と何度も悔し涙を流した。
母は「とうとうおかしくなった」と私を心配して泣いた。
秋介さんと隊長からは「なにがなんでも、たった一人でもやり遂げろ」と言われた。
当日、ある党の2名の議員さんがその26名のデモに参加してくださった。
「国防の危機は理解できる」と言ってくださった。
地元奄美の人々、しーまブロガーのみなさんも参加してくださった。本土と沖縄からもわざわざゆかりんさんとUさんが参加してくださった。
奄美と全然関係のないみなさんが、多額のカンパをくださった。そのおかげで、できたことも事実だ。
のちに子房さんと霊感友人から「海からくる脅威(中国の軍艦)にむかって撃退の祈りをささげている白衣の女性」が私に重なってみえたと言われた。
国を護るということは神事でもある。そこに、なんの垣根があるだろう。
たった26人のデモ。あのときお世話になった方々を絶対に忘れない。
たったそれだけ。たったそれだけといわれたらそうだろう。
あのときに折れたメガネのふちにまいたモールは、私の宝物だ。このメガネを直す気はない。
来年二月に隊長を奄美に呼ぶ。
私は、私ができることをしたいと思う。
たった26名のデモ。「奄美は日本のものだ!尖閣も日本のものだ!日本の領土を護ろう!」と叫んだ。
幸福実現党の選挙活動をしていた私に、ほとんどの党はそっぽをむいた。
共産党からは露骨に罵倒された。「あんた、幸福実現党なんでしょ?何言ってるの?」と。
幸福実現党とは関係ないと説明しても、避けられた。
これが奄美なのか、と何度も悔し涙を流した。
母は「とうとうおかしくなった」と私を心配して泣いた。
秋介さんと隊長からは「なにがなんでも、たった一人でもやり遂げろ」と言われた。
当日、ある党の2名の議員さんがその26名のデモに参加してくださった。
「国防の危機は理解できる」と言ってくださった。
地元奄美の人々、しーまブロガーのみなさんも参加してくださった。本土と沖縄からもわざわざゆかりんさんとUさんが参加してくださった。
奄美と全然関係のないみなさんが、多額のカンパをくださった。そのおかげで、できたことも事実だ。
のちに子房さんと霊感友人から「海からくる脅威(中国の軍艦)にむかって撃退の祈りをささげている白衣の女性」が私に重なってみえたと言われた。
国を護るということは神事でもある。そこに、なんの垣根があるだろう。
たった26人のデモ。あのときお世話になった方々を絶対に忘れない。
たったそれだけ。たったそれだけといわれたらそうだろう。
あのときに折れたメガネのふちにまいたモールは、私の宝物だ。このメガネを直す気はない。
来年二月に隊長を奄美に呼ぶ。
私は、私ができることをしたいと思う。