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宗教の効用?

2010年07月29日

宗教して困ったことがある。

まず嘘がつけなくなった。

嘘をつくとすごーく胸がいたむ。そりゃそうだ。嘘偽りはもっとも簡単で単純で安易ですが、確実に「罪」だからね。

しかし一番困ったのは「殺生への罪悪感」。

それまでは邪魔と思う虫は普通に殺生してきた。ゴキブリはその筆頭ですね。

でも宗教するとほとけごころとでもいうのか、「殺生への罪悪感」がひどくする。

いや、罪悪感というより、「生きとし生ける者への憐れみ」がでてきたのだろう。そもそも罪悪感は良心が生きてる証拠だ。今まで罪悪感を感じずに生きてきたのが異常といえば異常だったのだ。

以前は家に入った蛾やバッタなどは躊躇せずたたきつぶしていた。

でも宗教してからそれができない。

でていくまで待っている。どうしてもでていかない場合は新聞紙をくるんだヤツでとって外にだす。

ゴキブリも昔は問答無用でたたきつぶしてたが、今では合掌して「今度は違う場所で生まれるんだよ」と声をかけてからシューする。

先日からキリギリスが家に入ってきている。部屋のどこかで鳴いている。正直うるさい。

でも殺虫剤はなるべくつかいたくない。

主人がデカい虫をこわがるのでしょうがなくたたきつぶしたときは、この虫たちの来世に幸多かれと祈る。

そうそう、ご飯の前に「いただきます」を必ず言うようになったな。

私たちは殺生した命を食べて生かされている。その命にせめて感謝して命をいただかないと、食べてもあまり美味しくない。

余談だが、宗派のヘッドがオーストラリアのシドニー支部?で講演したときに信者からこんな質問(?)がきたらしい。

「私は動物の殺生をしないようにベジタリアンです。動物の殺生をすることはいけないことですよね」みたいなヘッドに同意を求めるような内容だったと思う。

それに対して宗派のヘッドがこう答えてた。かなり前の話なんでうろおぼえ。

「ベジタリアン以外は動物を殺生しているといいますが、植物にも意識はあります。彼らはある意味では動物よりも繊細な生き物です。葉っぱ一枚ちぎろうと思ったら、もうこちらの気持ちを察知して悲しみの波動が伝わってきます。殺生という意味では動物も植物も同じなんです。菜食主義が肉食よりもすぐれているというのは間違っています」

たしかに肉を多く食べるよりは、野菜を多く食べた方がいいことはわかる。これはたぶん、「殺生してる」と肉を食べる人を見下す思いに一喝を与えた意味でのお話だったのだろう。

なんか話しがごちゃごちゃになってきた。

えーと、つまり、命に感謝しよーねということでした。

今から昼ごはんです。

いただきます。




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 13:20Comments(5)つぶやき