【natsuさん】言葉という武器の選択を間違える多くの人たち
2012年05月24日
A-side
【言葉という武器の選択を間違える多くの人たち】
これは学校では全くといっていいほど、学びもしないし評価もされない内容で
そして、社会人での仕事、恋愛では、とんでもなく大切・重要な内容となります。
日本語の言葉の選択を間違える人は多い。
そして、日本語の意味を正確に理解できない人も多い。
例えば、相手を大好きと心のなかで思っていても、口にだす言葉が
「大嫌い!」だったら、相手はどういう印象を持つでしょうか?
阿吽の呼吸などという言葉もありますが、私は言葉や文字を正確に使えなければ
自分の考えていることを、相手に”正確に”伝えることはできない。
と思っています。
私自身も正確に伝えようと努力しますし、相手にも求めます。
「わかるだろ、それぐらい。」
「常識だろ、そういうのは」
「普通こうだよねぇ~」
こういう言葉がまかり通る環境というのは、その言葉を発している人の立位置は
必ず”変化の少ない環境にいる”といえます。
年齢、性別、人種、心情、好み、、、、
そういうものが多種多様な場合は、お互いに言葉という意思疎通の道具を
正確に使うように、皆がルールの厳守をします。
このぐらい、、というのは、全く通用しないと考えるのが普通になります。
面白いもので多くの人の価値観は自分の10代~20代の頃に経験したことをベースにします。
これは80代だろうが、40代だろうが変わりません。
その頃の多感な時期の”常識”から、いつまでも抜け切れないことは多いと思います
上記のような変化に乏しい方は、特に男性は「頑固」というレッテルを貼られます。
そして、「あいつに話してもウルサイから 距離を取ろう」という形になっていきます(笑)
多くの人は、自分のクセになっている言い方(口調)を知らないことが多いようです。
「えっと~」「というか、、」「だからね、、」こういう何かしらの自分が好む言葉が
あることは多いのですが、問題なのは無意識でやっているために、自分はやっていないと思っているということです。
しかし、実際は多用していて、その言葉が聞いている相手が”嫌だな”と思う言葉だった場合は、、、
とても残念なコミュニケーションの結果になります。
こういった自分の歪み、クセ、個性、というもんを知るためには、自分の姿をビデオなどで撮影するとわかります。
話している状態を撮影すると、表情の動き、手の動き、体全体の動き、、、多用している言葉、、
いろいろな自分なりのクセを見つけることができます。
コミュニケーションがうまくいかないと感じることは誰にでもあると思いますが、
こうしたことを””知る”だけで、少なくとも多少柔軟な考え方になって
相手の人とのバランスが取れるようになるかもしれません。
いや、そんなものは私には必要ないという方は、
【大海を知らず】でどうぞどうぞ♪
【言葉という武器の選択を間違える多くの人たち】
これは学校では全くといっていいほど、学びもしないし評価もされない内容で
そして、社会人での仕事、恋愛では、とんでもなく大切・重要な内容となります。
日本語の言葉の選択を間違える人は多い。
そして、日本語の意味を正確に理解できない人も多い。
例えば、相手を大好きと心のなかで思っていても、口にだす言葉が
「大嫌い!」だったら、相手はどういう印象を持つでしょうか?
阿吽の呼吸などという言葉もありますが、私は言葉や文字を正確に使えなければ
自分の考えていることを、相手に”正確に”伝えることはできない。
と思っています。
私自身も正確に伝えようと努力しますし、相手にも求めます。
「わかるだろ、それぐらい。」
「常識だろ、そういうのは」
「普通こうだよねぇ~」
こういう言葉がまかり通る環境というのは、その言葉を発している人の立位置は
必ず”変化の少ない環境にいる”といえます。
年齢、性別、人種、心情、好み、、、、
そういうものが多種多様な場合は、お互いに言葉という意思疎通の道具を
正確に使うように、皆がルールの厳守をします。
このぐらい、、というのは、全く通用しないと考えるのが普通になります。
面白いもので多くの人の価値観は自分の10代~20代の頃に経験したことをベースにします。
これは80代だろうが、40代だろうが変わりません。
その頃の多感な時期の”常識”から、いつまでも抜け切れないことは多いと思います
上記のような変化に乏しい方は、特に男性は「頑固」というレッテルを貼られます。
そして、「あいつに話してもウルサイから 距離を取ろう」という形になっていきます(笑)
多くの人は、自分のクセになっている言い方(口調)を知らないことが多いようです。
「えっと~」「というか、、」「だからね、、」こういう何かしらの自分が好む言葉が
あることは多いのですが、問題なのは無意識でやっているために、自分はやっていないと思っているということです。
しかし、実際は多用していて、その言葉が聞いている相手が”嫌だな”と思う言葉だった場合は、、、
とても残念なコミュニケーションの結果になります。
こういった自分の歪み、クセ、個性、というもんを知るためには、自分の姿をビデオなどで撮影するとわかります。
話している状態を撮影すると、表情の動き、手の動き、体全体の動き、、、多用している言葉、、
いろいろな自分なりのクセを見つけることができます。
コミュニケーションがうまくいかないと感じることは誰にでもあると思いますが、
こうしたことを””知る”だけで、少なくとも多少柔軟な考え方になって
相手の人とのバランスが取れるようになるかもしれません。
いや、そんなものは私には必要ないという方は、
【大海を知らず】でどうぞどうぞ♪
夢を鵜呑みにするなかれ
2012年05月24日
最近、よく夢を観る。
以前から不思議な夢を見ることがあるが、それに関してはあまり特別視していない。
夢というのはあくまで象徴であり、いろんなものがまじるので、安易にうのみにすることは危険だと私は思っている。
寺尾玲子さんの漫画で、小さい頃の玲子さんが、邪教団の邪霊に「神に選ばれた夢」を見せられてそそのかされるエピソードがある。
自分の観る夢が自分の潜在意識の願望や記憶の断片なのか、それとも惑わしなのか、それとも見えない世界からの象徴としてのメッセージなのか、
過度な期待せずに、むしろ「その夢を見た自分は今どのような状態なのか」を分析することが一番無難ではないかと思っている。
少し不思議な夢をみたら、いくらでも自分を特別な人間だとおもえるだろう。
最近社や祠の夢を見たと記事に書いたら、面白いことに、次の日あたりから「祠の夢と似たようなイメージで、巧妙に私を偉い人間だと思わせる夢」を観るようになった。
以前なら、意味深な夢の延長線ということもあり、すぐに「やっぱり私ってホントはすごい子じゃん!」と飛びついたかもしれない(笑)
でも残念ながら、今の私は自分がすごい人間だとみとめられるには実績も努力もほどとおい人間だと知ってしまっているのです。(笑)
ああ、私はこんなに潜在意識では慢心がつよいのか、認められたいのかと、改めて勉強になった。
万事において、偏ってるように見えても、そこにのめりこみすぎることを戒めて、どこかで冷静でいることは大切ですね。
夢をうのみにせず、「それを観た自分自身の背景」を分析しないとなぁと思う。
小さい頃から、夢でのデジャヴはよく観る。
九州旅行のときも、旅行中にはじめてきたはずの土地のあちこちの情景が、そのまま数年前に夢ででてきていた。
こーゆーのって一体なんなんでしょうね。
これだけは本当に不思議です。
以前から不思議な夢を見ることがあるが、それに関してはあまり特別視していない。
夢というのはあくまで象徴であり、いろんなものがまじるので、安易にうのみにすることは危険だと私は思っている。
寺尾玲子さんの漫画で、小さい頃の玲子さんが、邪教団の邪霊に「神に選ばれた夢」を見せられてそそのかされるエピソードがある。
自分の観る夢が自分の潜在意識の願望や記憶の断片なのか、それとも惑わしなのか、それとも見えない世界からの象徴としてのメッセージなのか、
過度な期待せずに、むしろ「その夢を見た自分は今どのような状態なのか」を分析することが一番無難ではないかと思っている。
少し不思議な夢をみたら、いくらでも自分を特別な人間だとおもえるだろう。
最近社や祠の夢を見たと記事に書いたら、面白いことに、次の日あたりから「祠の夢と似たようなイメージで、巧妙に私を偉い人間だと思わせる夢」を観るようになった。
以前なら、意味深な夢の延長線ということもあり、すぐに「やっぱり私ってホントはすごい子じゃん!」と飛びついたかもしれない(笑)
でも残念ながら、今の私は自分がすごい人間だとみとめられるには実績も努力もほどとおい人間だと知ってしまっているのです。(笑)
ああ、私はこんなに潜在意識では慢心がつよいのか、認められたいのかと、改めて勉強になった。
万事において、偏ってるように見えても、そこにのめりこみすぎることを戒めて、どこかで冷静でいることは大切ですね。
夢をうのみにせず、「それを観た自分自身の背景」を分析しないとなぁと思う。
小さい頃から、夢でのデジャヴはよく観る。
九州旅行のときも、旅行中にはじめてきたはずの土地のあちこちの情景が、そのまま数年前に夢ででてきていた。
こーゆーのって一体なんなんでしょうね。
これだけは本当に不思議です。
最近ウォーキングを始めた件
2012年05月24日
奄美大島は、月桃が美しい季節となりました。

さて、ここは三儀山運動公園。

「しーま」ブロガーのイナユお姉さま(隊長講演会の実行委員でもあります)と、最近、ウォーキングをはじめたのであります!
ちなみに、イナユおねーさまは黒糖焼酎の酒屋さんもされています。本土の皆様、ご注文はお気軽に☆
奄美のしずく・黒糖焼酎・ハブ酒・鶏飯・奄美特産品・あま肌~奄美大島からの贈りもの~ | ぶどう館
http://www.budoukan.info/
左がイナユおねーさま、右が私(の影)

こんな枝ぶりのいいガジュマルの脇を通りながら、2キロコースを二周、40分かけて歩きます。

とっても良い天気。

近くには小川も流れていて、とっても涼やか。

これで痩せるかと思いきや、運動すると食がすすみ、現在体重は(以下略
道のりはとおい。でもウォーキングきもちいいです。ハイ。

さて、ここは三儀山運動公園。

「しーま」ブロガーのイナユお姉さま(隊長講演会の実行委員でもあります)と、最近、ウォーキングをはじめたのであります!
ちなみに、イナユおねーさまは黒糖焼酎の酒屋さんもされています。本土の皆様、ご注文はお気軽に☆
奄美のしずく・黒糖焼酎・ハブ酒・鶏飯・奄美特産品・あま肌~奄美大島からの贈りもの~ | ぶどう館
http://www.budoukan.info/
左がイナユおねーさま、右が私(の影)

こんな枝ぶりのいいガジュマルの脇を通りながら、2キロコースを二周、40分かけて歩きます。

とっても良い天気。

近くには小川も流れていて、とっても涼やか。

これで痩せるかと思いきや、運動すると食がすすみ、現在体重は(以下略
道のりはとおい。でもウォーキングきもちいいです。ハイ。
【natsuさん】過敏に寂しい女性、寂しくないと言いたい男性
2012年05月24日
B-side
【過敏に寂しい女性、寂しくないと言いたい男性】
私が様々な男性・女性と仕事上、プライベート問わず話をする際に思うのは
自分の気持ち、考えている内容を言葉で表現する事がとても下手な人が多い、というものがありました。
結局は友人や業界、社会的地位という形で同じような能力同士が集まるということになるようです。
誰も口にはしませんが、自分よりも大きく能力が劣る相手と時間を共有したいとは思いません。
また、自分より遥かに能力が高い人とも時間を共有する事は一般にはつらくなる事が多いようです。
<選択する言葉>
目の前の現実を言葉で表現する際に
男性、女性、年齢、職業、その他、、という、その人の個性によって「選択する言葉」は違います。
リンゴが目の前にあるとして
「リンゴ」
「リンゴが一個」
「赤いリンゴ」
「フジという銘柄のリンゴ」
「美味しそうなリンゴ」
などなど、その人が持っている情報と、何をもっとも伝えたいのかによって
選択される言葉は変わってきます。
男性は女性の言葉の選択の仕組みを理解できず
女性は男性の言葉の優先順位を理解できません。
また、どんな言葉を選択するのかによって、その人が何を目の前の
現象からもっとも伝える価値が高いと判断しているのかを知る事が出来るのですが
それが分からないために、意思、意見のギャップが出来てしまい
人と人のコミュニケーションが上手くいかないことは多々あります。
相手は言います
「普通はこう考えるだろう」
「当然こうするのが常識だろう」
「こうしてほしいって言ったじゃないか」
しかし、相手が語る能力に限界があり
その言葉を受け取る側の能力にも限界がある以上、
コミュニケーションのギャップは必ずおきます。
では、なぜ1+1=2のように間違いない情報伝達は出来ないのでしょうか。
それは、数学はルールが明確であり、言葉によるコミュニケーションはルールが明確ではないからです。
個人的には、このあたりが、その文明や国のレベルは”数学の発達”によって判断できるという言葉の真意に近いと感じています。
もっと分かりやすく言えば、「物事の優先順位を明確に出来るか」という能力だとおもいます。
一般には、男性で若い人の方が、この判断能力は高いといわれています。
もちろん個人差はありますが、女性でこの優先順位の判断能力が高いという人は割合でみると少ないでしょう。
そして女性だけの社会では、この優先順位は必ずしもいつも上位の判断ではないことが多々あります(子育てなどでは顕著)
必ずではありませんが、言語能力や語彙数が少ない人で高度なコミュニケーション能力を持っている人、また経済的に上位というのは少ないと感じます。
医者、弁護士などはどちらの職種も大量の情報を扱えなければ、免許をとることは難しいと言えるでしょう。
情報の表現には
・科学的な表現
・感性的な表現
の2種類がありますが、両方のレベルを上げることによって、相手との意思のギャップはなくなっていくと思います。
女性の「寂しい」
男性の「寂しくない」
という表現の裏の心理を読む事こそが、コミュニケーションだと私は思います。
【過敏に寂しい女性、寂しくないと言いたい男性】
私が様々な男性・女性と仕事上、プライベート問わず話をする際に思うのは
自分の気持ち、考えている内容を言葉で表現する事がとても下手な人が多い、というものがありました。
結局は友人や業界、社会的地位という形で同じような能力同士が集まるということになるようです。
誰も口にはしませんが、自分よりも大きく能力が劣る相手と時間を共有したいとは思いません。
また、自分より遥かに能力が高い人とも時間を共有する事は一般にはつらくなる事が多いようです。
<選択する言葉>
目の前の現実を言葉で表現する際に
男性、女性、年齢、職業、その他、、という、その人の個性によって「選択する言葉」は違います。
リンゴが目の前にあるとして
「リンゴ」
「リンゴが一個」
「赤いリンゴ」
「フジという銘柄のリンゴ」
「美味しそうなリンゴ」
などなど、その人が持っている情報と、何をもっとも伝えたいのかによって
選択される言葉は変わってきます。
男性は女性の言葉の選択の仕組みを理解できず
女性は男性の言葉の優先順位を理解できません。
また、どんな言葉を選択するのかによって、その人が何を目の前の
現象からもっとも伝える価値が高いと判断しているのかを知る事が出来るのですが
それが分からないために、意思、意見のギャップが出来てしまい
人と人のコミュニケーションが上手くいかないことは多々あります。
相手は言います
「普通はこう考えるだろう」
「当然こうするのが常識だろう」
「こうしてほしいって言ったじゃないか」
しかし、相手が語る能力に限界があり
その言葉を受け取る側の能力にも限界がある以上、
コミュニケーションのギャップは必ずおきます。
では、なぜ1+1=2のように間違いない情報伝達は出来ないのでしょうか。
それは、数学はルールが明確であり、言葉によるコミュニケーションはルールが明確ではないからです。
個人的には、このあたりが、その文明や国のレベルは”数学の発達”によって判断できるという言葉の真意に近いと感じています。
もっと分かりやすく言えば、「物事の優先順位を明確に出来るか」という能力だとおもいます。
一般には、男性で若い人の方が、この判断能力は高いといわれています。
もちろん個人差はありますが、女性でこの優先順位の判断能力が高いという人は割合でみると少ないでしょう。
そして女性だけの社会では、この優先順位は必ずしもいつも上位の判断ではないことが多々あります(子育てなどでは顕著)
必ずではありませんが、言語能力や語彙数が少ない人で高度なコミュニケーション能力を持っている人、また経済的に上位というのは少ないと感じます。
医者、弁護士などはどちらの職種も大量の情報を扱えなければ、免許をとることは難しいと言えるでしょう。
情報の表現には
・科学的な表現
・感性的な表現
の2種類がありますが、両方のレベルを上げることによって、相手との意思のギャップはなくなっていくと思います。
女性の「寂しい」
男性の「寂しくない」
という表現の裏の心理を読む事こそが、コミュニケーションだと私は思います。
【natsuさん】悪い人ではないけど、良い人でもない
2012年05月24日
A-side
【悪い人ではないけど、良い人でもない】
世の中には数多くの人がいる。
人の数だけ個性があるし、人の数だけ価値観がある。
と言うのは簡単なのだが、それを理解している人は少ないと思っている。
私は周りからの指摘によると”変わった視点”の持ち主だそうだ。
誰もがそうだと思うが、多くの人は自分が”まとも”だと思っている。
しかし、私に対しての周りの評価は、自分とは違う、と言われるのだから
違う点が多いのだろうと思っている。
私を高く評価してくれる人もいれば、
最低ランクの評価をする人もいる。
これは当然だ。
価値基準はそれぞれに違うのだから。
ある人は私を”最高”と言い、ある人は”最低”と言う。
私としては、自分が評価してほしい人に最低といわれたならば
多少はへこむかもしれないが、私が興味がない人に何を言われようとも痛くも痒くもない。
そもそも世の中の大多数は私のことを評価できる人ばかりではないと思っている
こういうことを書くと「生意気だ」と私を評する人がいる(笑)
まぁ、良いとか悪いとかではなく、そういう評価をする人はいる。
しかし私はそういう人に対してこそ、何も気にならない。
なぜならば言っている事に論理性がないからだ。
「生意気」というのは、評価している人にとって私の価値観は不都合だというだけの話だ。
ルールを破っているというような、善悪の話ではない。
好き嫌いの話だ。
物事を評価する、判断するという際には、
・ルールを破っているなどの 善悪の話なのか
・自分にとって都合が良いか悪いかなどの 好き嫌いの話なのか
を明確に分ける必要があると思う。
もちろん、ワンマン社長のように「私がルールだ」という世界を作っている人は
その中では傍若無人に振舞っていただいて結構なのですが、私は
そういう方々には興味がない。
申し訳ないが、何も感じない。
もっとも、そういう人たちと接しないように努力はするが(笑)
そう考えていくと、他人の目を気にしながら生きていくことをもう少し
楽に考えられるようになると思う。
また、自分の価値観というものを考えなおすキッカケになれば。。
それは出来過ぎな話だな。。(笑)
【悪い人ではないけど、良い人でもない】
世の中には数多くの人がいる。
人の数だけ個性があるし、人の数だけ価値観がある。
と言うのは簡単なのだが、それを理解している人は少ないと思っている。
私は周りからの指摘によると”変わった視点”の持ち主だそうだ。
誰もがそうだと思うが、多くの人は自分が”まとも”だと思っている。
しかし、私に対しての周りの評価は、自分とは違う、と言われるのだから
違う点が多いのだろうと思っている。
私を高く評価してくれる人もいれば、
最低ランクの評価をする人もいる。
これは当然だ。
価値基準はそれぞれに違うのだから。
ある人は私を”最高”と言い、ある人は”最低”と言う。
私としては、自分が評価してほしい人に最低といわれたならば
多少はへこむかもしれないが、私が興味がない人に何を言われようとも痛くも痒くもない。
そもそも世の中の大多数は私のことを評価できる人ばかりではないと思っている
こういうことを書くと「生意気だ」と私を評する人がいる(笑)
まぁ、良いとか悪いとかではなく、そういう評価をする人はいる。
しかし私はそういう人に対してこそ、何も気にならない。
なぜならば言っている事に論理性がないからだ。
「生意気」というのは、評価している人にとって私の価値観は不都合だというだけの話だ。
ルールを破っているというような、善悪の話ではない。
好き嫌いの話だ。
物事を評価する、判断するという際には、
・ルールを破っているなどの 善悪の話なのか
・自分にとって都合が良いか悪いかなどの 好き嫌いの話なのか
を明確に分ける必要があると思う。
もちろん、ワンマン社長のように「私がルールだ」という世界を作っている人は
その中では傍若無人に振舞っていただいて結構なのですが、私は
そういう方々には興味がない。
申し訳ないが、何も感じない。
もっとも、そういう人たちと接しないように努力はするが(笑)
そう考えていくと、他人の目を気にしながら生きていくことをもう少し
楽に考えられるようになると思う。
また、自分の価値観というものを考えなおすキッカケになれば。。
それは出来過ぎな話だな。。(笑)
侵略の予言と仏教護国思想と神道結界への雑感(メモ)
2012年05月24日
これは宗教にかかわる個人的メモです。
ひふみ神示や火水伝文にもある「全体主義国家による日本侵略の危機」。
外国からの侵略を警告してるのは幸福の科学だけじゃない。これを書くと今度は「幸福の科学がそっち系にのっかってるだけ」とツッコむ人もいるんだろうなー。くくく。
大川隆法総裁の外国での説法は、そこの国の有力者とのパイプができることも意味している。
全体主義国家への楔を「神名乗るだけで何もしてない」と云われる宗教家が淡々と打っている。
大川隆法総裁のこれまでの外国での説法は、すべて全体主義国家にかかわる国で行われている。
もちろん、すべて「再誕の仏陀」と公に名乗った上での講演会なので、テロの標的になる可能性も極めて高い。
それを云うと、今度は「そんなのにナンの意味があるの?しょせん売名でしょ?」という人がいるだろう。
人はどこまでも認めたくないものの努力や実績は認めたくないものだ。
いま、日本に必要なのは「護国の啓蒙」と「護国のための信仰(理念)の象徴としての装置」だと私は思う。
幸福の科学の経典『日本を救う陰陽師パワー』にある護国の啓蒙は
「神国日本の誇りの復活」「宗教の優位の復活」「真実の歴史観の復活」
(私にわかりやすいように私の言い回しで云ってますので、正確な内容ではありません。ちゃんとした意味は経典読んで調べてね)
これは、さらっと書かれているが、ここには恐ろしい事実があると私は感じた。
「宗教のなかにある自虐史観」
「『宗教』という言葉への後ろめたさを刷り込まれた宗教家たち」
これ自体に、日本の宗教の力(霊力)をそぎ落とす仕掛けが施されている。
日本は本来多神教の国であり、宗教に寛容であったはずだった。
それが、戦後宗教家が「うちは宗教じゃありません」「宗教とはちがいます」と語る。
靖国を「軍国主義の象徴」として忌み嫌い封じる仕組み。
本来どこの国であっても堂々と語られるべき宗教を「宗教気持ち悪い」と忌み嫌い封じる仕組み。
これは新興宗教だけではなく、伝統宗教にも及んでいると感じる。
戦争からおきた「信仰の継承の断絶」に、GHQと日教組のおこした「宗教と国防を忌み嫌う教育」
この成果は、今の日本に「宗教家が宗教を語れない」という事実となって成就したと私は感じる。
正しい宗教が伝道をやめ、小さくちぢこまり、
間違った「常識」の元で、地域の聖地は荒れ果てていく。
伝道は宗教の本道であるのに、伝道は悪と刷り込まれ、
年老いた老婆が1人祀り続けてきた祠もついに祀る者も絶えた。
宗教は本当に弱い者がするものだろうか?
空海は、日蓮は、本当に弱い人々だったのだろうか?
「衆生救済」という使命はどこにいったのだろうか?
正しい宗教家が姿を見せず、伝道はあやしい宗教がするものという刷り込みはますます増していく。
伝道や啓蒙にどのような理念をのせるか。それが大事なのではないかと思う。
仏教による護国思想を、もう一度見直してもいいのではないか。
そのために必要なのは、神道の古代から継承されてきた叡智ではないかと思う。
これまでにない新しい視点での神道と仏教の融合を望むし、それが日本を護る力を幾倍にも高めるのではないかと私は思う。
(これは幸福の科学とは別に、私個人の意見です)
理念による護国の結界と、結界を強くするための装置としての地脈や神々の力。神々の力をさらにますために必要な「宗教の肯定」
靖国の英霊の封印と宗教の封印はつながっていた。
すべては日本衰退のプログラムだった。
堂々と宗教を語り、神々を信じる精神の素晴らしさを語りたい。
それは宗派をこえて、理念としてできるはずだ。
護国結界である奈良の大仏建立は、宇佐神宮の神託によって最終的に許可がおりた。
神道の神々も、仏教の神々も、本当はつながっているのだと思う。
ひふみ神示や火水伝文にもある「全体主義国家による日本侵略の危機」。
外国からの侵略を警告してるのは幸福の科学だけじゃない。これを書くと今度は「幸福の科学がそっち系にのっかってるだけ」とツッコむ人もいるんだろうなー。くくく。
大川隆法総裁の外国での説法は、そこの国の有力者とのパイプができることも意味している。
全体主義国家への楔を「神名乗るだけで何もしてない」と云われる宗教家が淡々と打っている。
大川隆法総裁のこれまでの外国での説法は、すべて全体主義国家にかかわる国で行われている。
もちろん、すべて「再誕の仏陀」と公に名乗った上での講演会なので、テロの標的になる可能性も極めて高い。
それを云うと、今度は「そんなのにナンの意味があるの?しょせん売名でしょ?」という人がいるだろう。
人はどこまでも認めたくないものの努力や実績は認めたくないものだ。
いま、日本に必要なのは「護国の啓蒙」と「護国のための信仰(理念)の象徴としての装置」だと私は思う。
幸福の科学の経典『日本を救う陰陽師パワー』にある護国の啓蒙は
「神国日本の誇りの復活」「宗教の優位の復活」「真実の歴史観の復活」
(私にわかりやすいように私の言い回しで云ってますので、正確な内容ではありません。ちゃんとした意味は経典読んで調べてね)
これは、さらっと書かれているが、ここには恐ろしい事実があると私は感じた。
「宗教のなかにある自虐史観」
「『宗教』という言葉への後ろめたさを刷り込まれた宗教家たち」
これ自体に、日本の宗教の力(霊力)をそぎ落とす仕掛けが施されている。
日本は本来多神教の国であり、宗教に寛容であったはずだった。
それが、戦後宗教家が「うちは宗教じゃありません」「宗教とはちがいます」と語る。
靖国を「軍国主義の象徴」として忌み嫌い封じる仕組み。
本来どこの国であっても堂々と語られるべき宗教を「宗教気持ち悪い」と忌み嫌い封じる仕組み。
これは新興宗教だけではなく、伝統宗教にも及んでいると感じる。
戦争からおきた「信仰の継承の断絶」に、GHQと日教組のおこした「宗教と国防を忌み嫌う教育」
この成果は、今の日本に「宗教家が宗教を語れない」という事実となって成就したと私は感じる。
正しい宗教が伝道をやめ、小さくちぢこまり、
間違った「常識」の元で、地域の聖地は荒れ果てていく。
伝道は宗教の本道であるのに、伝道は悪と刷り込まれ、
年老いた老婆が1人祀り続けてきた祠もついに祀る者も絶えた。
宗教は本当に弱い者がするものだろうか?
空海は、日蓮は、本当に弱い人々だったのだろうか?
「衆生救済」という使命はどこにいったのだろうか?
正しい宗教家が姿を見せず、伝道はあやしい宗教がするものという刷り込みはますます増していく。
伝道や啓蒙にどのような理念をのせるか。それが大事なのではないかと思う。
仏教による護国思想を、もう一度見直してもいいのではないか。
そのために必要なのは、神道の古代から継承されてきた叡智ではないかと思う。
これまでにない新しい視点での神道と仏教の融合を望むし、それが日本を護る力を幾倍にも高めるのではないかと私は思う。
(これは幸福の科学とは別に、私個人の意見です)
理念による護国の結界と、結界を強くするための装置としての地脈や神々の力。神々の力をさらにますために必要な「宗教の肯定」
靖国の英霊の封印と宗教の封印はつながっていた。
すべては日本衰退のプログラムだった。
堂々と宗教を語り、神々を信じる精神の素晴らしさを語りたい。
それは宗派をこえて、理念としてできるはずだ。
護国結界である奈良の大仏建立は、宇佐神宮の神託によって最終的に許可がおりた。
神道の神々も、仏教の神々も、本当はつながっているのだと思う。
朝鮮戦後初、韓国が中国とも軍事協力推進
2012年05月24日
朝鮮戦後初、韓国が中国とも軍事協力推進
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0521&f=politics_0521_012.shtml
【ソウル共同】韓国国防省報道官は21日の定例記者会見で、中国との間で、
韓国軍と人民解放軍が物資などを相互に融通できる協定の締結交渉を行っていると明らかにした。
朝鮮戦争で戦った中韓が軍事分野での協定を締結すれば初めてとなる。
韓国は日本とも、自衛隊と韓国軍が部品や輸送作業などを融通できる物品役務相互提供協定など2協定の締結協議を進めているが、韓国の野党などの反対で締結時期は不透明になっている。
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http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0521&f=politics_0521_012.shtml
【ソウル共同】韓国国防省報道官は21日の定例記者会見で、中国との間で、
韓国軍と人民解放軍が物資などを相互に融通できる協定の締結交渉を行っていると明らかにした。
朝鮮戦争で戦った中韓が軍事分野での協定を締結すれば初めてとなる。
韓国は日本とも、自衛隊と韓国軍が部品や輸送作業などを融通できる物品役務相互提供協定など2協定の締結協議を進めているが、韓国の野党などの反対で締結時期は不透明になっている。
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