沖縄への手紙
2012年05月21日
注・これはあくまでアマミキョの主観であり、読者の皆様にこの見方を強要するものではありません。
これまで私は、沖縄の被害意識と偏りすぎたマスコミ報道が、本土にすさまじい嫌悪感を感じさせていることを奄美の人間として何度も警鐘を鳴らしてきた。
先日、政治にまったく無関心で韓流大好きな叔母が、眉をひそめてこう云った。
「沖縄っちなんか基地や戦争で同情ひけるところはいいんじゃない?タカリ上手よねー」
それを聞いたとき、たまらなく悲しかった。
叔母はそんな事を言う人ではなかった。その叔母でさえ、沖縄に対して冷たい眼差しに変わってしまっていた。
すくなくとも私の周りでは、沖縄の方々への反発がおきていた。
それは誰のせいか?鳩山由紀夫のせいだと私は思う。
あの鳩山元総理の一国の総理としてありえないバカっぷりをさらした普天間騒動のおかげで、あのときの一連のマスコミ報道が、結果として日本国民の沖縄への不信感を決定づかせた。
本来なら鳩山元総理が元凶で、鳩山元総理はあの一つをもってしても、日米安保と沖縄県民に与えた迷惑を考えたら、政治家として引退すべき大罪だ。
しかしなぜか、国民は鳩山元総理より、「ルーピー鳩山がやったことに対して過剰反応しすぎる沖縄県民」と、「首相にたいして偉そうにしてる沖縄県知事」に怒りの矛先を向けた。私にはそのように見える。
うちの母はこう云う。
「いくら可哀想だと思ってても、あれだけ「自分達の痛みをわかってない!」と連呼されると、さすがに観てる方はウンザリするよねぇー。だれか身内で見苦しいっち注意する人は沖縄にはいないのかいねぇ?」
一部の方々からみて沖縄の傲慢にさえ見える被害者感情は、沖縄だけの責任だろうか?
沖縄に責任はもちろんあるが、私はこれは本土側に決定的な原因があると私は思う。
一つは、沖縄に過度な被害者感情を植え付けた革新諸派の責任。
一つは、沖縄を捨て石にして、その後の諸問題をすべて金で解決してきた国の責任だ。
被害者意識をつかう洗脳というのは、マルクスが発明した極上の猛毒だ。
自分が可哀想だと思っていたら、誰も自分の非を観ずにすむ。
「お前が悪い」と言い続けたら死んだあとには立派な怨霊になれるだろう。
しかし、それでは誰も幸福にしない。
相手も、自分も滅んでいく。
私は沖縄には、「本土の歪んだ悪意」に翻弄されてほしくないと思っている。
沖縄県民は誇り高き日本の源流の民族だ。
誇り高き精神を胸に、勇気をもって自らの民族の過去と現在を分析してほしい。
奄美・沖縄は中国と朝鮮と日本を結ぶ交易の民だった。
日本の源流であり、日本にさまざまな知恵を運ぶ重要な役目を果たしていた。
やがて中国との交易のなかで、中国ブームが沖縄におきて、中国がルーツであることを自慢する人々もいる。
日本本土だってすこしさかのぼれば中国や朝鮮がルーツの人はたくさんいる。それはなんら珍しいことではない。きいてますか?仲井真さん。
交易のためにここ数百年、中国ブームがおきてはいたが、言語が証明しているように、沖縄は元々日本民族であり、それは今も変わらない。(沖縄・奄美の方言は古代やまとことば)
沖縄を建てたのは北方からきたアマミ一族であり、琉球王朝のルーツは源氏だ。沖縄は日本なのだ。
沖縄よ、誇り高き歴史を思い出してほしい。
自分に都合のいい被害者感情も、金でなだめてきた汚いやり方も、本土の計算高い連中からの干渉だ。
沖縄には精神的に独立し、それらの干渉をはねのけ、力づよく「私達こそが日本の源流だ」と、高らかに宣言してほしい。
日本の源流である沖縄に、日本を照らす誇り高き精神を掲げてほしい。
私は、沖縄をにくんでいる。自分達の可哀想な歴史を吹聴しながら、過去に自分達がおこなった奄美への蹂躙の事実を直視も謝罪もしない沖縄をにくんでいる。奄美を差別しつづけ、奄美に敬意も関心ももたない沖縄をにくんでいる。
しかし、それは私の一方的な感情で、この感情が誰も幸福にしないことを私は知っている。
過去は過去で、それは傷ついた側が許すことでしか最終的には解決できないことを知っている。
そして、このにくしみが、沖縄への愛情からくるものであることも私は知っている。
私は沖縄が大好きだ。私のにくしみも悲しみも、沖縄のまっすぐにふきぬける風は、すべてを吹き祓ってくれる。
沖縄よ、誇り高き民族よ。
どうか国境を護る民として、本土からの干渉をはねのけ、精神の独立を果たしてほしい。
恵隆之介先生のような、気概のある言論人にもっと前にでてきてほしい。
日本の源流として、女神を奉ずる民として、沖縄の誇りを掲げてほしい。
この国を古代より護ってきたのは女神だ。
沖縄は、誇り高き日本の民だ。
これまで私は、沖縄の被害意識と偏りすぎたマスコミ報道が、本土にすさまじい嫌悪感を感じさせていることを奄美の人間として何度も警鐘を鳴らしてきた。
先日、政治にまったく無関心で韓流大好きな叔母が、眉をひそめてこう云った。
「沖縄っちなんか基地や戦争で同情ひけるところはいいんじゃない?タカリ上手よねー」
それを聞いたとき、たまらなく悲しかった。
叔母はそんな事を言う人ではなかった。その叔母でさえ、沖縄に対して冷たい眼差しに変わってしまっていた。
すくなくとも私の周りでは、沖縄の方々への反発がおきていた。
それは誰のせいか?鳩山由紀夫のせいだと私は思う。
あの鳩山元総理の一国の総理としてありえないバカっぷりをさらした普天間騒動のおかげで、あのときの一連のマスコミ報道が、結果として日本国民の沖縄への不信感を決定づかせた。
本来なら鳩山元総理が元凶で、鳩山元総理はあの一つをもってしても、日米安保と沖縄県民に与えた迷惑を考えたら、政治家として引退すべき大罪だ。
しかしなぜか、国民は鳩山元総理より、「ルーピー鳩山がやったことに対して過剰反応しすぎる沖縄県民」と、「首相にたいして偉そうにしてる沖縄県知事」に怒りの矛先を向けた。私にはそのように見える。
うちの母はこう云う。
「いくら可哀想だと思ってても、あれだけ「自分達の痛みをわかってない!」と連呼されると、さすがに観てる方はウンザリするよねぇー。だれか身内で見苦しいっち注意する人は沖縄にはいないのかいねぇ?」
一部の方々からみて沖縄の傲慢にさえ見える被害者感情は、沖縄だけの責任だろうか?
沖縄に責任はもちろんあるが、私はこれは本土側に決定的な原因があると私は思う。
一つは、沖縄に過度な被害者感情を植え付けた革新諸派の責任。
一つは、沖縄を捨て石にして、その後の諸問題をすべて金で解決してきた国の責任だ。
被害者意識をつかう洗脳というのは、マルクスが発明した極上の猛毒だ。
自分が可哀想だと思っていたら、誰も自分の非を観ずにすむ。
「お前が悪い」と言い続けたら死んだあとには立派な怨霊になれるだろう。
しかし、それでは誰も幸福にしない。
相手も、自分も滅んでいく。
私は沖縄には、「本土の歪んだ悪意」に翻弄されてほしくないと思っている。
沖縄県民は誇り高き日本の源流の民族だ。
誇り高き精神を胸に、勇気をもって自らの民族の過去と現在を分析してほしい。
奄美・沖縄は中国と朝鮮と日本を結ぶ交易の民だった。
日本の源流であり、日本にさまざまな知恵を運ぶ重要な役目を果たしていた。
やがて中国との交易のなかで、中国ブームが沖縄におきて、中国がルーツであることを自慢する人々もいる。
日本本土だってすこしさかのぼれば中国や朝鮮がルーツの人はたくさんいる。それはなんら珍しいことではない。きいてますか?仲井真さん。
交易のためにここ数百年、中国ブームがおきてはいたが、言語が証明しているように、沖縄は元々日本民族であり、それは今も変わらない。(沖縄・奄美の方言は古代やまとことば)
沖縄を建てたのは北方からきたアマミ一族であり、琉球王朝のルーツは源氏だ。沖縄は日本なのだ。
沖縄よ、誇り高き歴史を思い出してほしい。
自分に都合のいい被害者感情も、金でなだめてきた汚いやり方も、本土の計算高い連中からの干渉だ。
沖縄には精神的に独立し、それらの干渉をはねのけ、力づよく「私達こそが日本の源流だ」と、高らかに宣言してほしい。
日本の源流である沖縄に、日本を照らす誇り高き精神を掲げてほしい。
私は、沖縄をにくんでいる。自分達の可哀想な歴史を吹聴しながら、過去に自分達がおこなった奄美への蹂躙の事実を直視も謝罪もしない沖縄をにくんでいる。奄美を差別しつづけ、奄美に敬意も関心ももたない沖縄をにくんでいる。
しかし、それは私の一方的な感情で、この感情が誰も幸福にしないことを私は知っている。
過去は過去で、それは傷ついた側が許すことでしか最終的には解決できないことを知っている。
そして、このにくしみが、沖縄への愛情からくるものであることも私は知っている。
私は沖縄が大好きだ。私のにくしみも悲しみも、沖縄のまっすぐにふきぬける風は、すべてを吹き祓ってくれる。
沖縄よ、誇り高き民族よ。
どうか国境を護る民として、本土からの干渉をはねのけ、精神の独立を果たしてほしい。
恵隆之介先生のような、気概のある言論人にもっと前にでてきてほしい。
日本の源流として、女神を奉ずる民として、沖縄の誇りを掲げてほしい。
この国を古代より護ってきたのは女神だ。
沖縄は、誇り高き日本の民だ。