出雲と高千穂を結ぶ琉球奄美の真実
2014年05月10日
(以下妄想につき注意)
飛鳥昭雄さんの「日本史超どんでん返し」にて、
出雲の神は奄美発祥だとの奄美のノロ(女性神官)のオモリ(祝詞)があったと判明。
私のところにきてた和歌(琉歌)もどきに「大国主」という表現があったのは、そういうことだったのねと納得。
(和歌(琉歌)もどきが降りてきたのは湯湾岳とアマンデーで、はじめに「ホダカ」「タカチホ」という言葉からきた)
そして、飛鳥昭雄さんはこういってます。
「国津神と天津神を3000年振りに和解させるのは籠神社の豊受大神」
豊受大神は邪馬台国二代目女王・壱与様という説もありますが、私は、この豊受大神とは壱与様を合祀しているものの、本来は豊玉姫ではないかと推測。
(籠神社の宮司一族である海部家の氏神は海神であり、奥宮には潮満珠・潮干珠を持った狛龍が守る真名井神社がある)
豊玉姫の出身が龍郷町というのは、文英吉『奄美大島物語』にて、ノロの代表である方が伝承として伝えています。
本当かどうかはさておいても、奄美と竜宮であるわだつみ国は非常に近しいものがあるのでしょうね。
そして竜宮だけではなく、 天津神も国津神も、その発祥(というか日本国民としての洗礼をうけたのは)琉球奄美であるというのは、どうも一部のスピ系では共通の事実の模様。
また、琉球王朝も、私がつかんでいる情報では、そのルーツは奄美だという。
(近年発掘された喜界島の遺跡によってその説はかなり学説的にも確実的なものになってきました)
さらに、琉球神道ノロ祭祀が奄美発祥という、ノロ研究者複数の説。
ここから導き出されるのは、
天津神と国津神と竜宮(ニライカナイ)の神々は、奄美を発祥(中心)とすることですべてがつながるということです。
では、天津神・国津神・竜宮の神々の発祥である奄美とはなんなのか?
おそらく、これは、奄美南部湯湾岳がムー文明末期における信仰の聖地だったことと関係があるかと思います。
(これはMさん情報)
日本地図と奄美の地図は重なりますが、富士山の位置に湯湾岳があり、湯湾岳が、ムー末期の信仰の聖地だったという。
地球の雛形である日本。そして日本の雛形である奄美。
(これは出口王仁三郎さんの言葉)
これが、幸福の科学の書籍『宇宙の法入門』で孔子様の霊が言われた
「宇宙のなかでの地球の位置づけを日本に例えるなら奄美大島」
の言葉の意味だと思います。
(つまり地球は宇宙の雛形ということ。)
日本における出雲と高千穂を結ぶ琉球奄美の真実とは、
「世界各地から集まってきた様々な部族が、奄美琉球にてヤマト民族として帰化した」
ということであり、ゆえに
「血統や部族の名での優劣は本来無意味である」
という真実であり、
それがあらわすのは、
「大いなる理念のもとで、違う個性を持つ者たちが一つの共同体のもとに帰依し、調和しながら、互いに個性を活かして発展し伸ばしあっていく」
という、原初の太陽王ラ・ムーの理念そのものではないかと、私は思います。
これが、豊受大神という竜宮の大国主が示すメッセージであり、
日本国民の使命でもあるのではないでしょうか。
天津神と国津神の相克をつくった邪悪な者たちの意図は、今は問わない。
元なる神の島から、
再び、大調和の理念を掲げる。
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Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:03│Comments(0)
│奄美
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