奄美古代史妄想by隊長
2010年05月21日
隊長から「なーにわけわからん意見に振り回されてランキング外してんだよ(笑)」と言われました
(ノд;)
「キミはインチキしてるのか?してないだろ?じゃあランキング外す必要がどこにある?それじゃインチキを認めるようなものだぞ」
(>'A`)> ウワァァァァ どうしたらいいんだぁぁあああ
礼子さんまで・・・ごめんなさい・・・(´;ω;`)ぴー
そんなわけで隊長との会話。
「隊長、奄美の歴史ってほとんど残ってないんですけど、私的には大和そのものだったと思うんです。でも一旦大和から切り離されて文化が途絶えてると思うんですけど、隊長的にはどうおもわれます?」
「俺が思うに、キミが思ってるほど単純なものではないとは思うよ」
「?」
「たぶんな。俺の想像では古代の奄美は大陸と大和文化がかなり入り交じって独特の文化を形成してたんじゃないかと思うよ。たぶん「アマミコ信仰」がそうだろう。神道的にみたら外来神的な位置づけだな。(弁財天信仰の類似パターンか?)たぶん道教の古い女神信仰と古神道が融合したんじゃないかな。
古代の奄美はたぶん今の沖縄のような感じだったと思うよ。沖縄は外国、もしくは奄美の植民地だったんだろうな。
道教だけじゃない、たぶん古いキリスト教も入ってきていたんだと思う。それこそ種子島に宣教師がくるずっと前にだ。奄美はそういう部分では様々な文化が入り交じってそれぞれと交易していた貿易中心の連邦国家のような形をとってたんだろうと思うよ。
文化が廃れるのも、宮崎しかり奈良しかり、年月とともにかつて都だったところも廃れるんだ、めずらしいことじゃない。」
「たしかに奄美は遣唐使の交易ルートの一つでしたし、そういった意味では出島のような繁栄はあったかもしれませんね・・・ちなみに隊長、いまあなた様と奄美の歴史の話してると、動悸がして苦しくてしょうがないんですが…」
「あ?救心のめ救心。」
「救心て(笑)」
「で、過去に繁栄していて、それが廃れていったとき、琉球や薩摩といった奄美を侵略した側からみたらどう思う?」
「自分たちより優れていた歴史はフツーに抹殺しますね。スペインのカトリックも征服したペルーの古代アステカの文献が自分たちの歴史よりはるかに優れた天文学をもっていたのをすべて焼き払いましたから」
「で、キミの過去世だ。キミは薩摩のサムライだった。奄美に妾ももっていた。キミ自身の血族のルーツも本土の姓をもってる。厳密には純粋な奄美人じゃない。なのにキミは奄美を誰より愛していて、奄美の歴史をなんとか取り戻そうとしている。」
「はぁ」
「かつてのキミ自身が、奄美の歴史を抹殺した側だとは思わないか?」
「 (((( ;゚Д゚)))ガクブル 」
「キミの今回の人生のテーマには“贖罪”が入ってるんだろ?キミ自身がしたことの償いをしようとしているんじゃないのか?」
「・・・・伝承で奄美の歴史資料を薩摩が投棄したと言われてる場所は、うちの父の田舎の沖の海なんです・・・」
「俺はそうかもしれないと思うよ。そうだとしたら説明がつく。
キミがカトリックに縁があるのもそうだよ。カトリックのすばらしさをキミは誰より知ってる。でもカトリックには帰依しない。そうだろ?」
「まぁ」
「それは、キミがカトリックの恐ろしさも知ってるからだと思うよ。キミの今回の人生に『信仰』が大きなテーマになってるのもそういった背景(宗教弾圧?)もあるんだろうな。」
「そうなんですね…この前の遠隔ヒーリングででた過去世は二つとも侵略者の側でしたし・・・・」
「俺が思うに奄美は遺跡はいっぱいあると思うぞ。それこそ京都や奈良みたいに。ちゃんと探した方がいいな。以外に重要なのがでてくるかもしれない」
「そうですね。私も奄美に眠る遺跡はかなりポイント高いとは思います。」
「風習とかもそうさ。いろんな観点から分析してみることだよ。ヒントは必ずあるんだ。探してみることさ。それこそ妄想でもいいんだ」
「そうですね」
「古代の日本はさまざまな民族や文化が融合してできてる。神道ではそこはタブーだけどな。なのに奄美がそうでないとはいえない。奄美は“龍の頭”だ。むしろ奄美の方がそれは顕著だったとは思うよ」
うーむ。古代中国とのつながりか…たしかになぁ…。
私の瞑想とも符号する。
もう少し考えてみるか…
ユタの人たちも「中国の神々にも呼ばれて参拝にいくことがある」といってたしなぁ。
ぷにぷに。
(ノд;)
「キミはインチキしてるのか?してないだろ?じゃあランキング外す必要がどこにある?それじゃインチキを認めるようなものだぞ」
(>'A`)> ウワァァァァ どうしたらいいんだぁぁあああ
礼子さんまで・・・ごめんなさい・・・(´;ω;`)ぴー
そんなわけで隊長との会話。
「隊長、奄美の歴史ってほとんど残ってないんですけど、私的には大和そのものだったと思うんです。でも一旦大和から切り離されて文化が途絶えてると思うんですけど、隊長的にはどうおもわれます?」
「俺が思うに、キミが思ってるほど単純なものではないとは思うよ」
「?」
「たぶんな。俺の想像では古代の奄美は大陸と大和文化がかなり入り交じって独特の文化を形成してたんじゃないかと思うよ。たぶん「アマミコ信仰」がそうだろう。神道的にみたら外来神的な位置づけだな。(弁財天信仰の類似パターンか?)たぶん道教の古い女神信仰と古神道が融合したんじゃないかな。
古代の奄美はたぶん今の沖縄のような感じだったと思うよ。沖縄は外国、もしくは奄美の植民地だったんだろうな。
道教だけじゃない、たぶん古いキリスト教も入ってきていたんだと思う。それこそ種子島に宣教師がくるずっと前にだ。奄美はそういう部分では様々な文化が入り交じってそれぞれと交易していた貿易中心の連邦国家のような形をとってたんだろうと思うよ。
文化が廃れるのも、宮崎しかり奈良しかり、年月とともにかつて都だったところも廃れるんだ、めずらしいことじゃない。」
「たしかに奄美は遣唐使の交易ルートの一つでしたし、そういった意味では出島のような繁栄はあったかもしれませんね・・・ちなみに隊長、いまあなた様と奄美の歴史の話してると、動悸がして苦しくてしょうがないんですが…」
「あ?救心のめ救心。」
「救心て(笑)」
「で、過去に繁栄していて、それが廃れていったとき、琉球や薩摩といった奄美を侵略した側からみたらどう思う?」
「自分たちより優れていた歴史はフツーに抹殺しますね。スペインのカトリックも征服したペルーの古代アステカの文献が自分たちの歴史よりはるかに優れた天文学をもっていたのをすべて焼き払いましたから」
「で、キミの過去世だ。キミは薩摩のサムライだった。奄美に妾ももっていた。キミ自身の血族のルーツも本土の姓をもってる。厳密には純粋な奄美人じゃない。なのにキミは奄美を誰より愛していて、奄美の歴史をなんとか取り戻そうとしている。」
「はぁ」
「かつてのキミ自身が、奄美の歴史を抹殺した側だとは思わないか?」
「 (((( ;゚Д゚)))ガクブル 」
「キミの今回の人生のテーマには“贖罪”が入ってるんだろ?キミ自身がしたことの償いをしようとしているんじゃないのか?」
「・・・・伝承で奄美の歴史資料を薩摩が投棄したと言われてる場所は、うちの父の田舎の沖の海なんです・・・」
「俺はそうかもしれないと思うよ。そうだとしたら説明がつく。
キミがカトリックに縁があるのもそうだよ。カトリックのすばらしさをキミは誰より知ってる。でもカトリックには帰依しない。そうだろ?」
「まぁ」
「それは、キミがカトリックの恐ろしさも知ってるからだと思うよ。キミの今回の人生に『信仰』が大きなテーマになってるのもそういった背景(宗教弾圧?)もあるんだろうな。」
「そうなんですね…この前の遠隔ヒーリングででた過去世は二つとも侵略者の側でしたし・・・・」
「俺が思うに奄美は遺跡はいっぱいあると思うぞ。それこそ京都や奈良みたいに。ちゃんと探した方がいいな。以外に重要なのがでてくるかもしれない」
「そうですね。私も奄美に眠る遺跡はかなりポイント高いとは思います。」
「風習とかもそうさ。いろんな観点から分析してみることだよ。ヒントは必ずあるんだ。探してみることさ。それこそ妄想でもいいんだ」
「そうですね」
「古代の日本はさまざまな民族や文化が融合してできてる。神道ではそこはタブーだけどな。なのに奄美がそうでないとはいえない。奄美は“龍の頭”だ。むしろ奄美の方がそれは顕著だったとは思うよ」
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もう少し考えてみるか…
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ぷにぷに。
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Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 13:45│Comments(0)
│奄美
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