(宗教注意)「霊的世界の本当の話」by佐竹館長2
2010年09月25日
(1のつづき)
あと自殺霊がありますけど、自殺の場合どうなるかというと、大体が地獄にいきます。大体は地獄の前で、今回の映画(映画『仏陀再誕』)のとおりですね、80までの寿命の予定が20で自殺したらあとの60年は(天国にも地獄にもいけず)その辺をうろうろするというのが法則ということですね。
これに対して幸福の科学はどうするかというと、自殺霊に対する説教と祈願によって、救済のスピードを速めてますね。そこら辺をウロウロさせずに、ちゃんと帰天までもっていってますね。
次に「天国とあの世の世界はどうなってるんですか」ということについて、あの世はどういう世界かというとですね、44ページ、実はこの空間のなかにあの世が入ってるんですよと、こういうことなんですよ。どうですか?まずピンとこないですよね?この世の中に実はあの世も重なってるんだと。どういうことかと言うと、このあと次元構造の話も入ってますけど、(世界は)『タマネギ状』になっていて、三次元世界(この世)をオーバーラップして四次元(あの世の入り口・この一部に地獄がある)があって、その上に五次元があるんです。
ですからあの世の世界からみたらこの世は『金魚鉢』に見えるといいますけれども、金魚鉢のなかで我々は金魚やってるようなものなんだという感じですね。そういう見え方します。同じ飼うでも、熱帯魚とかだといろいろやることが増えるじゃないですか。温度調節しなきゃいけない、水浄化しなきゃいけない、エサも自動でやらなきゃいけない。いろいろ世話してるでしょ?
世話してくれてる側が、あの世の世界なんです。
だから金魚鉢の中にいればこれ(金魚鉢)が一つの宇宙と思ってるけれども、それはいろんなエネルギーを霊界から供給されておきてるんですよと。ですから熱帯魚の水槽にポンプいれてますけれども、そのポンプの動力は電気ですよね。じゃあ電気はどこからきてるかと言われれば、発電所なんですよ。では発電所の電気はどうなっているかというと、たとえば石油を燃やしたりだとか、地球のエネルギーをもらってるんですね。これが一種の次元構造のようなものですね。
そうでしょ?太陽の光があって、地球のいろんなエネルギーができて、それを電力にかえると。そのように(あの世はこの世を)外から包含してるんですと。ですから金魚がいますけど金魚の向こう側に飼い主がいますよと。(金魚鉢の中と外ではちがうが結果的に)同時空間にいるんですということなんですね。
で、同時空間にいるから祈りって通じるんですよ。金魚が「今お腹空いた」と。飼い主は全然気付いてくれないと。すると金魚がお祈りするわけですよ。(笑)そうすると飼い主が「ハッ!」と気が付いて、パラッとエサをまいてあげる。こんな感じですかね。この金魚はずっと私の事見てると。なんなんだと思ったら、あ、エサあげるの忘れてた、パラッとまいてあげると。まぁこんな感じです。
そこで起きてくるのが「波調同通の法則」ということで、チャンネルを切り替えるように同通していくという法則があります。ここを教える必要があります。これは経典『永遠の法』にも載っておりますので、そちらの方を見ていただきたいと思います。
次、52ページに「(天国といっても)裏側の世界があります」と。表と裏。これがですね、今から救世運動をしていく上において、非常に強くでてくる問題だと思います。表の勢力(エル・カンターレ霊団)と裏(エンリル系レプタリアン)の勢力。表と裏の違いというのは、表というのは「動機」が中心の世界なんですよ。天上界側からの考え方なんですよ。まず動機があるんです。「その人を幸福にしたい」とか、「日本の国をよくしたい」とか、動機があってはじめていくのが「表」です。
「裏」はなにかというと、結果中心なんですよ。結果をだせばいいんです。たとえば政権とれれば何してもかまわないという考え方ですよ。補助金ばらまこうが、国潰そうが、国民騙そうが、結果通ればいいというのが「裏」です。ここは結果中心なので方法論に長けてくるんですよ。ああしたらいいこうしたらいい。たしかに方法論は大切なんですが、そのときに結果に固執するあまり動機がとんだら「裏にはいりますよ」と言ってるんです。
動機・・・まず愛の心を持ちながら方法論を構築していくのが、幸福の科学の考え方ですね。方法論を無視してるわけじゃありません。ただし「砂塵をまぜてはいけない」と。「愛は風の如く吹き抜けていく」のであって、砂塵(我欲)をまぜてはいけないというのが表の考え方になりますということです。
ですからハリー・ポッターの見ても宮崎駿の見ても、たしかに面白いですよ。面白いですけど、「無償の愛」とか「優しさ」だとかがほとんどでてこないでしょ。これが「裏」です。
あと「地獄はどんなところですか?」といったらですね、まぁ、「暗い世界」ですよ。天国・地獄はすぐわかります。明るいですか?暗いですか?あったかいですか?寒いですか?暗くて寒かったら地獄ですね。真冬の夜を薄着で歩いてるような世界、これが地獄ですよ。ということですが、この地獄という世界は、「罰」のために行くためだけの世界ではありませんと、59ページに書いてありますね。
「おまえは地獄に墜ちるぞ!」というのは、よくそういうことを言ってるおばさんがいますけどね、「地獄に墜ちる」というのは、強制的に落とすんじゃないんですよ。勝手に(本人が)墜ちるんですよ。というのは(霊体が罪で重くなっているから)そっちにいくと言ってるだけの話なんですよ。だからこれは物理的な法則であって、「心があんまり真っ黒けで重いからストンと墜ちますよ」といってるんですよ。明るくて軽い人のところに、暗くて重いヤツがきても一緒にはならないんです。水にいれたら油は浮き石ころは下がるんです。これが地獄の世界です。これを「波調同通の法則」と言ってるんだということです。(天国に行くか地獄に行くかは)法則に基づいておきます。
で、どんな人が地獄に墜ちるかというと、今回の映画の通り、「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」ですね。貪りと、怒りと、愚かな心ですね。愚かとはなにか。グチです。グチというのはよく見ると、破壊的な思い、あるいはマイナスの思い、自己破滅的な思いをつねに口にだしてますよ。なぜこれが愚かかというと、本人は幸福になりたいのに口から出てくるのは「ダメだ、ダメだ」つってるんですよ。ということは、その人が思った通りに(現実が)なるわけですから、本人が病気治りたいなら「病気は治る!治る!」といえばいいのに、「私の病気は大変だ、大変だ」と言ってるわけだからますます大変になるわけじゃないですか。だから自分が願ってる方向と違う方向にいってるわけですよ。だから「愚か」っつってるんですよ。これほど愚かな人いませんよ。本当は自分は豊かになりたいのに、口からでてくるのは「貧乏だ貧乏だ」と。だから(言ったとおりに)貧乏になるじゃないですか。自分は本当は豊かになりたいのに、口にだすことで自分から貧乏にむかっていってるんだから、愚かじゃないですか。だから「愚か」というと。これを「貪・瞋・癡」の「癡(ち)」というと、このように言われてるわけですね。
そしてこの、「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」に対する対策はなにかというと、「戒(かい)・定(じょう)・慧(え)」です。「貪・瞋・癡」を三毒といいますが、これに対するものを「戒(かい)・定(じょう)・慧(え)」の三学といいます。
貪(とん)、貪りに対しては戒律ですね。あるいは瞋(じん)、怒りに対しては定、静かな心。そして癡(ち)に対しては慧(え)、仏法真理を学ぶことですね。この三つによって対応ができるようになってるわけですね。
で、「天国に戻るにはどうすればいいですか?」と。それはですね。反省して、天国に住むための条件というものを整えなさいと。
簡単にいうと、「明るい人なんです」ということが、ちゃんと書いてあります。「どういう人が天国に行くんですか?」っつったら、「他人に優しい人」であるとか、「他人に迷惑をかけずに、他人に愛を振りまいた人」とかいうことで、要はね、「嫌われてないひと」ですよ。(笑)だから、嫌われるタイプは(天国に)よういかんということで、自分がそうだったら注意して(反省して)ほしいということですね。(笑)
で、「天真爛漫な人なんです」と。あけっぴろげで、天真爛漫な人は天国にいきますということですね。ここは非常に重要な論点でございます。
(3につづく)
_______
はい、久々につづきだよ☆
アマちゃん負けぬぞぉぉぉおおおおおお
かならずこれ終わらせてやるぅぅぅぅぅううううう
DVDで何時間も佐竹館長みてると、やっぱり佐竹館長、なにげにこえー!!!!(笑)
この威圧感、たまらん・・・・
(*´Д`*)ハァハァ
私、霊的ドMなの・・・・・
(*´Д`*)ハァハァ
あと自殺霊がありますけど、自殺の場合どうなるかというと、大体が地獄にいきます。大体は地獄の前で、今回の映画(映画『仏陀再誕』)のとおりですね、80までの寿命の予定が20で自殺したらあとの60年は(天国にも地獄にもいけず)その辺をうろうろするというのが法則ということですね。
これに対して幸福の科学はどうするかというと、自殺霊に対する説教と祈願によって、救済のスピードを速めてますね。そこら辺をウロウロさせずに、ちゃんと帰天までもっていってますね。
次に「天国とあの世の世界はどうなってるんですか」ということについて、あの世はどういう世界かというとですね、44ページ、実はこの空間のなかにあの世が入ってるんですよと、こういうことなんですよ。どうですか?まずピンとこないですよね?この世の中に実はあの世も重なってるんだと。どういうことかと言うと、このあと次元構造の話も入ってますけど、(世界は)『タマネギ状』になっていて、三次元世界(この世)をオーバーラップして四次元(あの世の入り口・この一部に地獄がある)があって、その上に五次元があるんです。
ですからあの世の世界からみたらこの世は『金魚鉢』に見えるといいますけれども、金魚鉢のなかで我々は金魚やってるようなものなんだという感じですね。そういう見え方します。同じ飼うでも、熱帯魚とかだといろいろやることが増えるじゃないですか。温度調節しなきゃいけない、水浄化しなきゃいけない、エサも自動でやらなきゃいけない。いろいろ世話してるでしょ?
世話してくれてる側が、あの世の世界なんです。
だから金魚鉢の中にいればこれ(金魚鉢)が一つの宇宙と思ってるけれども、それはいろんなエネルギーを霊界から供給されておきてるんですよと。ですから熱帯魚の水槽にポンプいれてますけれども、そのポンプの動力は電気ですよね。じゃあ電気はどこからきてるかと言われれば、発電所なんですよ。では発電所の電気はどうなっているかというと、たとえば石油を燃やしたりだとか、地球のエネルギーをもらってるんですね。これが一種の次元構造のようなものですね。
そうでしょ?太陽の光があって、地球のいろんなエネルギーができて、それを電力にかえると。そのように(あの世はこの世を)外から包含してるんですと。ですから金魚がいますけど金魚の向こう側に飼い主がいますよと。(金魚鉢の中と外ではちがうが結果的に)同時空間にいるんですということなんですね。
で、同時空間にいるから祈りって通じるんですよ。金魚が「今お腹空いた」と。飼い主は全然気付いてくれないと。すると金魚がお祈りするわけですよ。(笑)そうすると飼い主が「ハッ!」と気が付いて、パラッとエサをまいてあげる。こんな感じですかね。この金魚はずっと私の事見てると。なんなんだと思ったら、あ、エサあげるの忘れてた、パラッとまいてあげると。まぁこんな感じです。
そこで起きてくるのが「波調同通の法則」ということで、チャンネルを切り替えるように同通していくという法則があります。ここを教える必要があります。これは経典『永遠の法』にも載っておりますので、そちらの方を見ていただきたいと思います。
次、52ページに「(天国といっても)裏側の世界があります」と。表と裏。これがですね、今から救世運動をしていく上において、非常に強くでてくる問題だと思います。表の勢力(エル・カンターレ霊団)と裏(エンリル系レプタリアン)の勢力。表と裏の違いというのは、表というのは「動機」が中心の世界なんですよ。天上界側からの考え方なんですよ。まず動機があるんです。「その人を幸福にしたい」とか、「日本の国をよくしたい」とか、動機があってはじめていくのが「表」です。
「裏」はなにかというと、結果中心なんですよ。結果をだせばいいんです。たとえば政権とれれば何してもかまわないという考え方ですよ。補助金ばらまこうが、国潰そうが、国民騙そうが、結果通ればいいというのが「裏」です。ここは結果中心なので方法論に長けてくるんですよ。ああしたらいいこうしたらいい。たしかに方法論は大切なんですが、そのときに結果に固執するあまり動機がとんだら「裏にはいりますよ」と言ってるんです。
動機・・・まず愛の心を持ちながら方法論を構築していくのが、幸福の科学の考え方ですね。方法論を無視してるわけじゃありません。ただし「砂塵をまぜてはいけない」と。「愛は風の如く吹き抜けていく」のであって、砂塵(我欲)をまぜてはいけないというのが表の考え方になりますということです。
ですからハリー・ポッターの見ても宮崎駿の見ても、たしかに面白いですよ。面白いですけど、「無償の愛」とか「優しさ」だとかがほとんどでてこないでしょ。これが「裏」です。
あと「地獄はどんなところですか?」といったらですね、まぁ、「暗い世界」ですよ。天国・地獄はすぐわかります。明るいですか?暗いですか?あったかいですか?寒いですか?暗くて寒かったら地獄ですね。真冬の夜を薄着で歩いてるような世界、これが地獄ですよ。ということですが、この地獄という世界は、「罰」のために行くためだけの世界ではありませんと、59ページに書いてありますね。
「おまえは地獄に墜ちるぞ!」というのは、よくそういうことを言ってるおばさんがいますけどね、「地獄に墜ちる」というのは、強制的に落とすんじゃないんですよ。勝手に(本人が)墜ちるんですよ。というのは(霊体が罪で重くなっているから)そっちにいくと言ってるだけの話なんですよ。だからこれは物理的な法則であって、「心があんまり真っ黒けで重いからストンと墜ちますよ」といってるんですよ。明るくて軽い人のところに、暗くて重いヤツがきても一緒にはならないんです。水にいれたら油は浮き石ころは下がるんです。これが地獄の世界です。これを「波調同通の法則」と言ってるんだということです。(天国に行くか地獄に行くかは)法則に基づいておきます。
で、どんな人が地獄に墜ちるかというと、今回の映画の通り、「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」ですね。貪りと、怒りと、愚かな心ですね。愚かとはなにか。グチです。グチというのはよく見ると、破壊的な思い、あるいはマイナスの思い、自己破滅的な思いをつねに口にだしてますよ。なぜこれが愚かかというと、本人は幸福になりたいのに口から出てくるのは「ダメだ、ダメだ」つってるんですよ。ということは、その人が思った通りに(現実が)なるわけですから、本人が病気治りたいなら「病気は治る!治る!」といえばいいのに、「私の病気は大変だ、大変だ」と言ってるわけだからますます大変になるわけじゃないですか。だから自分が願ってる方向と違う方向にいってるわけですよ。だから「愚か」っつってるんですよ。これほど愚かな人いませんよ。本当は自分は豊かになりたいのに、口からでてくるのは「貧乏だ貧乏だ」と。だから(言ったとおりに)貧乏になるじゃないですか。自分は本当は豊かになりたいのに、口にだすことで自分から貧乏にむかっていってるんだから、愚かじゃないですか。だから「愚か」というと。これを「貪・瞋・癡」の「癡(ち)」というと、このように言われてるわけですね。
そしてこの、「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」に対する対策はなにかというと、「戒(かい)・定(じょう)・慧(え)」です。「貪・瞋・癡」を三毒といいますが、これに対するものを「戒(かい)・定(じょう)・慧(え)」の三学といいます。
貪(とん)、貪りに対しては戒律ですね。あるいは瞋(じん)、怒りに対しては定、静かな心。そして癡(ち)に対しては慧(え)、仏法真理を学ぶことですね。この三つによって対応ができるようになってるわけですね。
で、「天国に戻るにはどうすればいいですか?」と。それはですね。反省して、天国に住むための条件というものを整えなさいと。
簡単にいうと、「明るい人なんです」ということが、ちゃんと書いてあります。「どういう人が天国に行くんですか?」っつったら、「他人に優しい人」であるとか、「他人に迷惑をかけずに、他人に愛を振りまいた人」とかいうことで、要はね、「嫌われてないひと」ですよ。(笑)だから、嫌われるタイプは(天国に)よういかんということで、自分がそうだったら注意して(反省して)ほしいということですね。(笑)
で、「天真爛漫な人なんです」と。あけっぴろげで、天真爛漫な人は天国にいきますということですね。ここは非常に重要な論点でございます。
(3につづく)
_______
はい、久々につづきだよ☆
アマちゃん負けぬぞぉぉぉおおおおおお
かならずこれ終わらせてやるぅぅぅぅぅううううう
DVDで何時間も佐竹館長みてると、やっぱり佐竹館長、なにげにこえー!!!!(笑)
この威圧感、たまらん・・・・
(*´Д`*)ハァハァ
私、霊的ドMなの・・・・・
(*´Д`*)ハァハァ
『不況に打ち勝つ法』学習会湯布院佐竹館長講話③
「不況に打ち克つ仕事法」学習会 by佐竹館長(2)
「不況に打ち克つ仕事法」学習会 by佐竹館長(1)
『There is a river』について 佐竹館長講話
『ドラッカー思想について』05.07 湯布院正心館佐竹館長
『救世の法』について 2011.01.07 湯布院正心館
「不況に打ち克つ仕事法」学習会 by佐竹館長(2)
「不況に打ち克つ仕事法」学習会 by佐竹館長(1)
『There is a river』について 佐竹館長講話
『ドラッカー思想について』05.07 湯布院正心館佐竹館長
『救世の法』について 2011.01.07 湯布院正心館
Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 21:56│Comments(3)
│S館長(幸福の科学)
この記事へのコメント
いつもブログを楽しみにしています。
何時間もDVDを見続けて、活字にしてくれて、とっても嬉しいです。
いつもメモ帳にコピペして仕事時間の合間に読ませてもらってます。
とりあえず、今一番行きたいところは由布院です(^^)
何時間もDVDを見続けて、活字にしてくれて、とっても嬉しいです。
いつもメモ帳にコピペして仕事時間の合間に読ませてもらってます。
とりあえず、今一番行きたいところは由布院です(^^)
Posted by ひらりん at 2010年09月26日 00:09
感謝
Posted by hara at 2010年09月27日 14:11
>ひらりんさん
ありがとうございます。
佐竹館長に私も一度でいいから会いたい!(笑)
>haraさん
いえいえ~☆
ありがとうございます。
佐竹館長に私も一度でいいから会いたい!(笑)
>haraさん
いえいえ~☆
Posted by アマミキョ
at 2010年09月27日 21:08

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