人に寛容でありたい
2011年07月21日
私は小さい頃から自分に甘く、周りに厳しい人間だった。
だからいじめられたのも当然といえば当然でもあったわけだ。
人のアラが目に見えて仕方なく、私にひとさしゆびをつきつける人間に対しては、たとえ大人でも「自分の欠点も克服してないくせに偉そうに」と相手にもしなかった。
周りの無秩序や、「正しさ」から遠い世界が我慢ならなかった。
この考えにヒビが入ったのは中三のときに新約聖書を読んでからだ。
イエスは神の子でありながら、すすんで迫害されるような人々と共にあった。
ローマや金持ち、律法学者の側ではなく、あえて民衆から眉をひそめられ石を投げられるような取税人や娼婦、貧民層の人々の中にはいった。
布教を考えるとき、民衆に媚びないイエスのこの生き方は、私の常識を粉々に打ち壊した。
それはイエスが「愛の神の精神の体現者」であることの証だった。
もしも私がイエスの時代にあれば、私はすすんでイエスを批判するだろう。
「あんな非常識な人間のどこが神の使いだ!」と。
そしてローマとユダヤ社会をうまくとりなしながら、古代の律法という頑なな常識で秩序を守る律法学者を支持するだろう。
しかし、歴史はイエスの愛に打たれたのだ。たった一人の、「真実の神は愛の神である」と説いた男の生き様に打たれたのだ。
私はこの自分のもつ他人様への厳しい目を、裁き心を克服したい。
イエス様にはとても届かないが、それでも、できるかぎり寛容でありたい。
人を縛る心は安易に「正しさ」を名乗り、容易に「エゴ」を覆い隠す。
もう、そんな世界は飽きた。
泥沼から花を咲かせよう。
誰かを思い通りにしようとしてはいけない。
それは「我欲」なのだから。
我が身のみを振り返り、足らざるところを見つめればいいだけだ。
だからいじめられたのも当然といえば当然でもあったわけだ。
人のアラが目に見えて仕方なく、私にひとさしゆびをつきつける人間に対しては、たとえ大人でも「自分の欠点も克服してないくせに偉そうに」と相手にもしなかった。
周りの無秩序や、「正しさ」から遠い世界が我慢ならなかった。
この考えにヒビが入ったのは中三のときに新約聖書を読んでからだ。
イエスは神の子でありながら、すすんで迫害されるような人々と共にあった。
ローマや金持ち、律法学者の側ではなく、あえて民衆から眉をひそめられ石を投げられるような取税人や娼婦、貧民層の人々の中にはいった。
布教を考えるとき、民衆に媚びないイエスのこの生き方は、私の常識を粉々に打ち壊した。
それはイエスが「愛の神の精神の体現者」であることの証だった。
もしも私がイエスの時代にあれば、私はすすんでイエスを批判するだろう。
「あんな非常識な人間のどこが神の使いだ!」と。
そしてローマとユダヤ社会をうまくとりなしながら、古代の律法という頑なな常識で秩序を守る律法学者を支持するだろう。
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Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 10:19│Comments(2)
│つぶやき
この記事へのコメント
心に響きました(T_T)
Posted by moonmoon at 2011年07月21日 16:56
ゆっくりゆっくり
Posted by 風小僧 at 2011年07月21日 18:50
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