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ある神格存在の足跡 ~古代縄文文明とある山岳民族から

2018年01月08日

以前、私は不思議な夢を見たんです。

それがこれ。

今朝の夢2 ちょいコワ

ここに出てきた『非常に危険な怨霊をいとも簡単に封じた女性の神格存在』は、

こんな格好に近かったんです。

【ビックリ!】中国ってこんなに民族がいたんだ
https://matome.naver.jp/odai/2140067749189578601

ここのサイトの『プイ族』に近かったんですね。
(プイ族は雲南省にもいるそうです)

正確には、夢のなかの神格存在は、

長袖の黒装束に、
細やかな美しい刺繍や装飾があちこちに施されていて、
黒い帽子状の冠?のようなものをかぶり、
力の強い神格存在の方は、冠からキラキラした揺れる菱形の飾りが連なったものが、いくつか顔の側面にかけて垂れ下がっていました。


当時、私は

「なぜ夢の中とはいえ、神格存在が、中国の山岳民族みたいな格好してるんだろう?」と思ってたんです。

すると、

これを見てピーン!!!!ときました。

(このモデルは、国立博物館が、遺跡から正確に当時の装束や骨格特徴を再現したものです)

http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2005/jomonvsyayoi/




ここで、私は一つの仮説を立ててみました。

古代縄文装束は黒を基調にした赤や南洋貝の装飾品
海の文化交流が非常に強く、縄文遺跡からは波の文様が多く見られる


全世界規模の巨大津波により古代縄文文明壊滅


弥生時代以降も引き続き南洋貝が宝物として好まれる
なんらかの理由により山岳部に住んでいた氏族や、山岳部に逃げていた氏族が生き残り文化を継承する
(これがプイ族や高砂族ではないかと考察。一部高砂族の族長は南洋貝をちりばめた装飾品を継承する伝統がある)


つまり、弥生人装束をつけてる神格存在よりもさらに古い神格存在の装束は、縄文系・・・つまり黒基調の装束ではないのか?



すると、とある霊感おねーちゃんから、

「自分の家族が、奄美の某山中で、まったく同じような装束(縄文装束もしくはプイ族の装束)の霊を見たことがある」

との意見をいただいた。









弥生時代以降の沖縄(奄美含む)から本土への南洋貝流通について。



上記サイトには、近年発見された喜界島城久遺跡群についての考察がないのが残念だが、

本土の弥生~古墳時代の遺跡から出土している南洋貝腕輪の加工跡が沖縄で発見されていることからも、

弥生~古墳文化においても、引き続き、沖縄奄美の貝が珍重されていたことが分かる。

さらに平安時代においてアジア一帯で珍重された螺鈿細工や夜光貝酒器(宝物)の原料となっている夜光貝は、
奄美からその一大工房跡が発見されている。

さらにホラガイに至っては、奄美産が特に高品質として本土の宗教家の間で認識されていたという情報も個人的に得ている。

ちなみにスイジガイは、今でも奄美では魔除けに玄関に置かれます。






縄文から琉球王国の時代まで交易品として重要な位置づけであった奄美~沖縄の南洋貝。

南洋文化に彩られた古代縄文文化。

縄文文化を継承するかのように、南洋貝に宗教的な意味を見出していた弥生文化の形跡。

縄文の装束を纏われている神々は、

たしかに奄美にいて、

また、本土にもいるのではないかと思われます。

魔除けの色として使われる「黒」と「赤」ですが、

もしかしたら、ここにもルーツがあるのかもしれませんね。

龍郷柄。
  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 03:08Comments(1)奄美つぶやきアマミちゃんの夢