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読者様からご反響頂いたツイート ~苦しみの根源について

2021年01月13日

信者さんからLINEでお礼をいただいたので

メモで残させていただきます~

https://twitter.com/amamikyo77/status/1348677537598095360

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多くの苦しみの根源は
『貪(執着・欲望・願望)』
であると
仏教では言われてますが

多くの人は
自分の苦しみの原因が
『正当化された(自分ではそれが過ぎたるものだと自覚できていない)貪』
だと気づいてない。

そもそも親や周りに一定水準を求める事自体が貪であり
だから諦念が必要なわけで。

また
意外に自覚されていないけど
スーパー多いのが
『(周りと比べて)自分への貪』
でして
自分への貪が
自己卑下となり
自分への不平不満(欲求不満)となり
思い通りにならない自分への怒りが
傷つきやすさとなって
他罰転嫁する。

「他人との比較信仰」という邪教に苦しむ人は多い。

宗教をしていても
実は

神仏への信仰よりも

この
「自己卑下信仰」
「他人との比較信仰」
「貪優先信仰」

上位価値観に置いてる人が
結構多く

だから
被害者意識や傷付きやすさやその転嫁他罰衝動(怒り)が
「自己中心」というのは
神仏の教えよりもその価値観が感性の中で優先されてるから。

だから
「波長同通」

残酷なほどに絶対でして

お祓いしても繰り返し悪霊が来る人は

神仏への信仰よりも上位信仰に
「自分のネガティブ価値観を感性的に優先する思考」

出来ている人が多い。

逆に言えば
本当に祓いたければ
自分の関心(感性の優先)領域を
神仏が望む思考優先に変えればいい

おそらくそういう人は

悪霊と同じ「貪」がある。
もしくは悪霊と共依存関係(SとMの関係みたいな)になる貪がある。

悪霊でなくとも
自分の人生に同じパターンの苦しみが
繰り返し起きる時は
そこに
自分が引き寄せる
同種の貪か
共依存となりうる貪がある。

だから
自分の中にある
『正当化された貪』

自覚し
そこから離れんとする事が
迷いからの脱却の一歩であり

しかしそれは
自分一人の知性経験では至難の業であるが故に

神仏の優れたる教え(神仏からの視点)が必要であり
道の先達が必要であり

多くの導きを大切にしてこそ
自己救済は可能となる







  


Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 22:31Comments(0)