ぽえむん「石」
2013年02月26日
たくさん石を投げられてきたが、
一番当たると痛かった石は、
兄から投げられた石でもなければ、
同級生たちから投げられた石でもなかった。
信じていた人達から投げられた
理不尽な言葉の石が、
私の心に大きな打撲傷をつくった。
石に罪はなく、
投げる人にも罪はなく、
しかし因果を見抜けぬ私の感情が、
石に罪をかぶせ怒りを正当化させる。
鏡をのぞきこめば
「お前はどうなんだ」
と私に似た誰かが言う。
「お前もたくさん石を投げてきただろう?今更被害者ヅラか?」
怒りという感情は、自分の言い分を理解してもらえなかった不平不満だ。
でも、怒りからは何も生まれない。
かつて自分のことを棚にあげて怒りをあらわにした自分は、
今よくしゃべる鏡の前でうなだれるフリをしてみる。
人の言い分をくみとってやれよ。
お前がその悲しみを知るのなら。
あまり追い詰めてやるな。
あの子はお前のように強くはないんだよ。
私は強くない、強くないとつぶやくと
鏡の向こうの誰かが、笑いながらこちらを指差した。
解るヤツが解ってやれと、
分かるだろう?と、
自分の胸を指差す。
投げられた石の痛みを知るなら、
投げつけた人間の悲しみを知るなら、
お前がその痛みと悲しみを解ってやれよ。
鏡の向こうの誰かが、
笑いながら、天を指差す。
あっちの気持ちを分かってやれよ。
罪はない。
私がそう思えたのなら。
Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 00:57│Comments(0)
│ぽえむん
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