創作「奇妙な風」 (再掲載)
2012年12月13日
創作「奇妙な風」
2011年10月16日
名瀬の街は正体不明の不安と張り詰めた緊張感に包まれていた。
ここ数日間、沖縄に関して奇妙な情報が流れてきている。
「沖縄にいる親戚と連絡がとれない」
「飛行機もフェリーも、沖縄行きの便が全便欠航になっている」
沖縄のラジオ番組もテレビ番組も映らなくなっているという。
やがて漁師達がこんな噂を口にした。
「沖縄方面に漁に行った船が、今までみたことがない大量の軍船のようなものを見て、あわてて島(奄美)に引き返してきたらしい」
それはただの噂だった。テレビも新聞も、どこもそんなニュースを流さない。
しかしなぜニュースは、沖縄と連絡がとれないことを流さないのか?
少し前、沖縄には中国からの大量の移民があったばかりだった。
沖縄県知事は沖縄からの米軍の全軍撤退に成功したあと、普天間基地のあとに大きな中華人民共和国との交流センターを築いた。
“琉球と中国は一つ”
をキャッチフレーズとした交流センターは琉球王朝の文化にいろどられ、中国からの観光客も大量に訪れ巨大な消費をつくっていた。
その景気のよさは日本全国、そして奄美の観光業界も羨望のため息をつくほどだった。
交流センターには中国軍の広報部隊も常駐していたが、中国軍関係者は米軍と違って銃器ももたず、非常にフレンドリーだと沖縄では話題になっていた。
やがて沖縄南部に中国からの移民をうけいれようという計画が持ち上がったとき、「彼らは軍関係者ではないか」という本土マスコミの取材に、地元の住民達は泣いて抗議した。
「中国は敵じゃない!私達沖縄の祖先は中国と同根です!彼らは米軍とは違う!」
移民の先陣で入ってきたのは大量の中国のこども達だった。その後も移民で入ってくるのはほとんどが家族連れで、
「保守的な本土マスコミの危機感を煽る報道は杞憂だった」
と沖縄の新聞は誇らしげに写真を大々的に載せて論評した。
奄美の新聞はそのことに対してやや肯定的に書かれていて、奄美市長もつい先月、中国人観光客であふれかえる普天間基地跡地の中国交流センターに視察にいったばかりだった。
「なぁ、どうして沖縄に連絡つかないの?!」
市役所に勤める重尚一のところには、このような問い合わせが一日に何度もきていた。それは日を追うごとに多くなり、また余裕のない口調にかわっていった。
重はいつも同じ返答をかえすしかない。そう答えるように上司に言われていたからだ。
「申し訳ありません、ただいま沖縄の海底ケーブルの通信機器の大規模な損傷事故が発生してるそうでして・・・」
「もうその返事は4日前から聞いてるんだよ!沖縄には俺の兄ちゃんがいるんだよ!いいかげんにしろ!」
「・・・ですから、通信機器の損傷の復旧にはまだ見通しがまったく・・・」
「じゃあ、なんで飛行機もフェリーもいかないんだよ!なんなんだよ!」
「それも通信機器の関係で・・・・本当にこれ以上は知らないんです!」
「どうすりゃいいんだよ!警察いっても、どこにいっても同じ返答しかこないじゃねーか!!」
市役所の窓口で重を怒鳴りつける男の目尻には涙がたまっていた。この不安をどこにぶつけたらいいのか。男には、役場にぶつけてもどうにもならないことはわかっているのだろう。
それに関して、役場でもすでに不安は限界まで高まっていた。重の直属の上司の要田明も、琉球大学に通わせている娘と連絡がとれなくなっていた。
しかし「沖縄」にいまふれることはタブー。いつしかそんな空気ができていた。
ネットで検索しても、「沖縄」と入れると規制にひっかかる。ネット住民達は規制が増えるたびに、新しい隠語を使って沖縄で何がおきているのかを論じ合っていた。
笠利町の奄美空港前のレンタカー店勤務・川畑康則は遠目でもそれに気付いた。
「今日は飛行機が異常に多くないか?」
隣りのデスクで事務整理をしていた町恵子に話しかける。
「なんでしょうね。修学旅行のツアーですかね」
「いや、違うよ。それにしてもちょっと飛行機が多すぎる」
思わず外に出て、空港から出てくる観光バスを待った。
乗っているのは普通の背広を着た男達・・・・本土からの医者か学者か?
しかし数秒後、その男達の風貌の共通点に、川畑は奄美のあちこちでささやかれているあの噂を思い出した。
膝から小刻みな震えがきた。
「・・・・自衛隊だ!自衛隊が、奄美に大量にきてるんだ・・・・!」
川畑はすぐ送迎用の車にのりこんだ。観光バスを追った。
何台もの観光バスは笠利町内にある大きな体育施設・太陽が丘運動公園にはいっていった。
太陽が丘の出入り口には、すでに自衛隊による検問所がつくられていた。
そこから何台もの乗用車が出入りしている。
みんな、本土の顔つきだ。奄美の人間じゃない。
川畑は震えながら、汗ばむ手で胸ポケットから携帯を取り出した。
奄美中心部・名瀬の町はパニック寸前だった。
川畑の流した情報は、1時間で名瀬の町すべてにひろがった。
小浜町のダイエーにはなぜか水と米を求める長蛇の車の列が出来ていた。
あちこちで接触事故がおきた。本土行きの便はフェリーも飛行機もすぐ満席になった。
確定的な情報はどこにもない。そのことが一番の恐怖だった。
何が起きているのかわからない。でも、沖縄の次はおそらく奄美かもしれない。早く本土に逃げよう。
そんな不安と恐怖を隠さない人々の列が空港と港に溢れた。
一方で「それはただの噂だろう」という人々も淡々と仕事をこなしている。
黒糖焼酎製造の会社に勤めている栄勝は、朝から黒糖焼酎の出荷作業に追われている。
「なにかあったらなにかあったときだ。どうせ俺たちにできることなんてない。本土に逃げる金もない。働かないと食っていけないしな」
同僚の竹田次郎に話しかけた。
「そうそう。どうせなら自衛隊が基地つくってくれれば、島に金がおちるよ。今度は奄美に米軍基地ももってくればいいよ。沖縄だけが甘い汁吸ってる時代は終わったんだよ」
「笠利なんか土地あまってるしよ、米軍誘致すれば早いんじゃないか?」
「米軍はヘリがうるさいらしい。呼ぶなら自衛隊だろ?」
「でも米軍だと観光で金になるよ」
「今のうち笠利の土地買っておくか?」
「バカ、金どっからもってくるよ」
「ははははははは」
積み込まれた黒糖焼酎を載せたトラックはいつものように工場を出ていった。
「しかし今日は暑いな、もう10月なのに」
首にかけたタオルで汗をふきつつ見上げた竹田の頭上に、見慣れない飛行機が一機、鈍い音をたてて飛んでいた。
(了)
Posted by アマミちゃん(野崎りの) at 01:11│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。